マルチバース論を確定させるために必要なこと

──「我々の宇宙」ではない宇宙は、どこまで「我々の宇宙」と異なることができるのでしょうか。

野村:まず、先ほど話したように真空のエネルギー密度はさまざまな値をとることができます。

 素粒子の種類や質量も変わります。超弦理論でマルチバースを説明しようとすると、6次元のかたちに対応するものは、「我々の宇宙」と異なる性質をとれます。どのような6次元であれば、どのような素粒子が存在できるのかは、超弦理論で計算できます。

 ほかに、空間の見かけの次元の数も変わり得ます。6次元はかたちが変わりますので、その見かけの数が変わるのも当たり前かもしれません。たとえば、「我々の宇宙」では、6次元が小さく、3次元が極端に大きいので、見かけ上は「3次元の空間」になっています。

 でも、5次元が小さい宇宙があってもおかしくない。そういう世界では、4次元が極端に大きいため、ぱっと見、4次元の空間に見えるはずです。

「我々の宇宙」ではない宇宙と「我々の宇宙」の共通点は、余剰次元のかたちに依存しないものです。たとえば、量子力学であったり、大きなスケールでは一般相対性理論が成り立つと考えられます。

──「マルチバース論によれば我々の宇宙空間の曲率は負」と書かれていました。これは、どういうことでしょうか。

野村:厳密に言うと、「我々の宇宙空間の曲率が負」なのは、これまでお話してきたバージョンのマルチバース論の場合です。なので、仮に「我々の宇宙空間の曲率が負」でなかったとした場合でも、棄却されるのはこれまでお話ししてきたマルチバース論であり、ほかのマルチバース論を棄却することにはなりません。

 空間内にランダムに3点をとり、それを最短距離で結ぶと三角形ができます。もし空間が完全に平らならば、三角形の内角の和は180度になります。この場合、曲率はゼロです。

 しかし、実はこれは一般の空間で成り立つ性質ではありません。このようにしてつくった三角形の内角の和は180度よりも大きくなったり、小さくなったりする場合もあるのです。このような空間を、それぞれ「曲率が正」、「曲率が負」の空間と言います。

 インフレーションで泡宇宙が生まれたとすると、その内部の空間の曲率は負でなければならないことを示すことができます。ただ「我々の宇宙」はだだっ広いので、私たちが観測できる曲率の影響は小さいと考えられます。

 現在、宇宙背景放射という電波を観測して「我々の宇宙」の曲率を算出しようという試みがなされています。この観測によると、「我々の宇宙」にどでかい三角形を描いても、その内角の和の180度からのずれは0.5度程度以下と言われています。

──曲率が負であること以外に、マルチバース論を確定させるために必要なことはありますか。

野村:宇宙背景放射を観測して、泡宇宙同士がぶつかった形跡を探す試みがなされています。

 永久インフレーションで泡宇宙がボコボコと生まれれば、泡宇宙同士は必ずぶつかります。泡宇宙同士がぶつかると、傷のようなものが残るはずです。

 宇宙は膨張していますのでぶつかった痕跡は薄まっています。ただ、薄まり方が弱ければ、それを観測で捉えることができるのではないか、と多くの人が考えたのです。

 現段階で、「我々の宇宙」が他の泡宇宙とぶつかった痕跡は見つかっていません。運が良ければ、今後見つかるかもしれません。もちろん、見つからない可能性も十分あります。でも、見つからなくてもマルチバース論が棄却されるわけではない。

 素粒子論や宇宙論の分野では、僕は理論を考える「理論屋」です。観測のような直接な手法ではなく、間接的な理論という証拠を積み重ねていくことで、マルチバースの可能性に挑んでみたいと考えています。

 今は、マルチバースやブラックホールといった極限の状況下で時間と空間がどうなるのかを量子力学を使って考えるという研究をしています。

 観測技術が向上した何十年後かに、僕も含めた理論屋が予言したことが実際に観測されて、マルチバース論の立証に一歩近づく。このようなかたちになれば良いなと思っています。

【著者の関連インタビュー記事】
浮気せずに夫婦で子育てに励むゴキブリの純愛、人類が見習うべきクチキゴキブリの生態に迫る
学級崩壊、教員の多忙化、理不尽な保護者、ブラックな学校を変える唯一の方法
ヨドバシカメラの超スゴい物流戦略、ユニクロはECを主軸に物流会社を目指す?意外と求められていない即日配送
紛争は本当に解決できるのか?タイ深南部の紛争解決プロジェクトに見るピース・メディエーション・サポート
アリさんは意外とおしゃべり?アリのコミュニケーション研究でわかった超意外なアリの社会
マイクロプラスチックは海洋中だけではなかった!大気中に浮遊するマイクロプラスチックが人体に与える影響とは
ハブの捕獲数は景気と連動?毒を飲んでも大丈夫?好きでもないハブを40年間研究してきた研究者によるハブの生態講座
日本人の深層心理に影響を及ぼす理系・文系の呪縛、理系だから、文系だからという言い訳、もうやめませんか?
筑駒は、なぜ筑駒なのか?東大合格者を量産する国立大附属校のナゾ
難民はパレスチナだけにいるのではない、知られざるアジアの難民「ロヒンギャ」に迫る
なぜ宇宙は膨張しているのか?宇宙物理学者が語るダークエネルギーの謎と、過去、現在、未来の宇宙
知っているようで知らないアンモナイト、巻いていない、殻がヘンテコ、腕の本数は?最新研究でその生き様を紐解く
「ゴキブリ=キモイ」の呪縛を解き放て!ゴキブリストがハマるゴキブリの世界
「親ガチャ」を哲学的に考える、ハズレを引いたら自暴自棄になるしかないのか
教育・受験指導専門家のにしむら先生が語る、中学受験、最後の最後のポイント
地球は第6の大量絶滅時代に突入した?人類の未来を左右する森林消失の悪夢
数多くの自殺を目撃してきた精神科医・春日武彦氏が語る「自殺とは何か」
4団体王座統一をかけてタパレスと戦う井上尚弥、どこまで強くなるのか?
実現が視野に入っているAI兵器、生命倫理の観点から考える利用の是非
「宇宙人はいるのか、いないのか」東大大学院教授・戸谷友則が語る最大の博打
精神科医・和田秀樹が語る、多くの日本人を悩ます疎外感と仲間はずれ恐怖 (他多数)

関 瑶子(せき・ようこ)
早稲田大学大学院創造理工学研究科修士課程修了。素材メーカーの研究開発部門・営業企画部門、市場調査会社、外資系コンサルティング会社を経て独立。You Tubeチャンネル「著者が語る」の運営に参画中。