「他の宇宙」のカギを握る永久インフレーション
──超弦理論とマルチバースはどのような関係があるのでしょうか。
野村:超弦理論の方程式を調べていくと、コンパクト化された6次元のかたちの種類は10の1000乗、10の10000乗にもなることがわかります。
3次元が大きい宇宙にいる僕らには、6次元空間のかたちや大きさが変わると、素粒子の種類や真空のエネルギー密度の大きさが異なる別の3次元空間として認識されます。
素粒子の種類や真空のエネルギー密度の大きさは、超弦理論の解として得られます。超弦理論によって、「我々の宇宙」とは違う素粒子や真空のエネルギー密度の宇宙が存在していることが示唆される、という話です。

ただ、超弦理論の解を調べるだけでは、どのようにしてこの10の1000乗とか、10000乗通りの宇宙を実現するのかはわかりません。「我々の宇宙」も含め、たくさんの宇宙が生まれていくメカニズムを説明するためには、永久インフレーションという現象を考える必要があります。
──永久インフレーションとは、どういったものなのでしょうか。
野村:もともと「我々の宇宙」はビッグバンで始まったと考えられていました。でも、1980年にアラン・グース博士が、ビッグバン以前に宇宙では超加速的な急膨張が起こったとする「インフレーション理論」を発表しました。
インフレーションは、宇宙誕生直後、0.00000000000000000000000001(10のマイナス26乗)秒というとんでもなく短い時間で、原子核くらいの領域が今の観測可能な宇宙の広さにまで膨張するという現象です。
グースのインフレーションの方程式は、一旦インフレーションが起こって宇宙(親宇宙)が加速膨張をすると、その中にボコボコと泡のように別の宇宙(泡宇宙)がインフレーションで生まれていく「永久インフレーション」が起こるということも含んでいました。
当時は「『我々の宇宙』が唯一無二の宇宙だ」という考え方が一般的でしたので、グースのインフレーション理論はどうにも受け入れがたいものでした。
その一方で、「我々の宇宙」でインフレーションという指数関数的な宇宙の膨張が起こったということはどうも確からしい。そこで「我々の宇宙」は、スローロールインフレーションというちょっと違ったインフレーションが起こったというふうに考えられました。
スローロールインフレーションでは、指数関数的な宇宙の膨張を引き起こしたエネルギーが熱エネルギーに変換され、高温高密度な宇宙、すなわちビッグバン宇宙ができたと考えることができます。ちなみに、「我々の宇宙」については、スローロールインフレーションが起こったという考え方が今でも主流です。
先ほど話したように、1980年代は超弦理論の研究が活発化した時代です。一度は闇に葬り去られたグースの永久インフレーションが日の目を見るまでに、そう長い時間はかかりませんでした。永久インフレーションは、超弦理論によって導き出される膨大な数の宇宙の実現を説明することができるのです。
それまで多くの人が「『我々の宇宙』が唯一無二の宇宙だ」と考えていました。事実「我々の宇宙」のどこを観測しても、他の宇宙は見つかりません。でも、「我々の宇宙」の中で他の宇宙が発生しているのではなく、「我々の宇宙」がたくさん発生している泡宇宙の一つだと考えたらどうでしょうか。「我々の宇宙」の中に、他の宇宙が見つからないのは当たり前です。
グースのインフレーション理論では、泡宇宙の発生に伴い相転移が起こって、その内部ではインフレーションが終わります。相転移が起こると、モノは変化します。大きな3次元にくっついているコンパクト化した6次元のかたちも変わります。そして、その新たな6次元のかたちを保ったまま、泡宇宙は広がっていきます。
親宇宙の中で、さまざまなかたちの6次元を持つ泡宇宙が次々に生まれているのです。6次元のかたちが違うということは、それらの泡宇宙に存在する素粒子の性質も重さもさまざまです。
泡宇宙と泡宇宙の間隔もインフレーションで広がっていきます。一つの泡宇宙の中に、また新しい泡宇宙ができては広がって、またその中に泡宇宙ができて、という現象が無限に繰り返されます。超弦理論を使うと、そういうことがわかるのです。