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センサー付き首輪やAI搭載アプリで、愛犬・愛猫の気持ちが理解できるようになった! しかし、そこに表示される「動物の気持ち」が、実は人間にとって都合がいい解釈の押し付けだったら……?
近年、AIやセンサー技術を使って、犬や猫といったペットや牛・豚などの畜産動物の感情を理解するための技術が発展し、実際の製品やサービスにも応用され始めている。一方で、誤判定のリスク、動物福祉や制度設計に関する懸念などの課題も残されている。
WEBメディア「シンクロナス」で連載中の『ELSI最前線』では、話題の新技術やビジネス動向を通じて、最先端技術に関する倫理的・法的・社会的課題──「ELSI(エルシー)」の考え方をひも解き、社会とビジネスにおける実践的な視点を提供している。
今回は、哲学・概念工学を専門とする鹿野祐介氏が、動物の感情推定技術の現在地、さらには「動物の感情を理解するとはどういうことか?」といった根源的な問いを考える。(「動物の感情推定のELSI」編より一部を掲載)
動物の気持ちを「知りたい」と思う私たち
あなたはペットを飼っているだろうか。
犬や猫と一緒に暮らしている人なら、きっと一度は「この子はいま、どんな気持ちなんだろう」と思ったことがあるはずだ。もし飼ったことがなくても、他の人がペットと散歩をするのを見たり、自慢げにペットの話をするのを耳にしたことはあるだろう。
散歩に出かけるときのはしゃいだ様子や、ご飯をねだるときの真剣なまなざしには、確かに喜びや期待が感じられる。また、病院に連れて行くときの不安そうな仕草や、知らない人に吠えるときの緊張感には、恐れや怒りのような感情が垣間見える。
私たちはその行動や表情を手がかりに彼らの「気持ち」を推し量ろうとするが、実際のところ、その内面の部分を本当に理解できているのかどうかはわからない。
近年、AIやセンサー技術の発達によって、こうした「知りたい」という願いを叶えようとする試みが急速に進んでいる。
犬や猫など、動物の鳴き声や動きを解析して、いま感じている感情を「幸せ」や「不安」といったラベルで表示する装置や、生成AIと連動させて鳴き声を人間の言葉に翻訳する技術まで登場してきた。
動物に対する感情推定技術のELSI
まるでペットと会話できるような未来さえ予感させるような技術だが、同時に気になることもある。
もしAIによって犬や猫が「リラックスしている」と判定したとして、それは本当にその動物自身の気持ちを正しく表しているのだろうか。もしかすると、私たちが信じたい「解釈」をAIが押しつけているだけかもしれない。
動物の感情を推定する技術は、私たちの生活をより豊かに豊かにしてくれる一方で、誤判定や擬人化など新たなリスクも抱えている。そして何より、「動物の感情を理解するとはどういうことか」という根源的な問いを避けて通ることはできない。
ここでは、ペットや家畜となる動物たちを対象にした、動物の気持ちを「理解する」ための感情推定技術の現在地と、その背後にある倫理的・法的・社会的課題(ELSI)について考えてみたい。
「スマート首輪」でペットの状態を可視化する
動物の感情を推定する技術のなかでも、最も身近に感じられるものといえば、ペット向けの製品だろう。
なかでも、スマート首輪(smart collar)と呼ばれる技術は近年注目されている。スマート首輪には、生体情報を収集するセンサーが組み込まれており、収集したデータをAIが解析することで、装着した動物の鳴き声や行動から状態を推定することができる。こうした首輪型デバイスの研究開発は発展を続けており、すでに製品化も始まっている。
たとえば、2021年に韓国のスタートアップ企業ペットパルス(Petpuls Lab)は、犬の鳴き声から感情を判別できるスマート首輪を発表した[1]。
1万件を超える鳴き声データを学習させたAIモデルを搭載し、犬の鳴き声をもとに幸せ・リラックス・不安・怒り・悲しみという5種類の感情に分類する仕組みである。首輪とアプリを連動させると、いま犬がどんな気持ちでいるのかがリアルタイムに表示できるとされ、感情判定の精度は平均して90%とうたわれている[2] [3]。
そのため、たとえば、出勤の前に「不安」の表示が続けば、犬が留守番に対して強いストレスを感じているサインかもしれない。散歩中に「リラックス」と表示されれば、散歩がストレスフリーであることや散歩道が快適であることを知る手がかりになるかもしれない。
飼い主にとっては、言葉を持たないパートナーの状態を可視化する画期的なツールに映るだろう。