(写真:Shirosuna_m/Shutterstock.com)
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健康に関心のある人なら「腸内フローラ」という言葉を聞いたことがあるだろう。学術用語でいう「腸内細菌叢」であり、腸内に棲んでいる細菌を意味する。人の腸内には約1000種類、合計1000兆個もの細菌が棲んでいて、我々の健康と密接に関わっている。さらに、同じような細菌叢が唾液にもあることが最近明らかになってきた。唾液1mlの中には約600種類、1億〜10億個の細菌がいる。

この細菌叢を調べて、さまざまな疾患予測に役立てようと取り組むのが、順天堂大学医学部の久松大介特任助教だ。わずか1mlの唾液を採取して、認知症やがんなどの早期発見に活用する。早い段階で認知症を予測できれば、症状が悪化するのを抑えられる可能性も高まる。

(竹林 篤実:理系ライターズ「チーム・パスカル」代表)

未開の研究領域、唾液細菌叢

 人口の高齢化に伴い、認知症は日本はもとより世界的な問題となっている。日本の認知症患者は600万人、その前段階である軽度認知障害(Mild Cognitive Impairment: MCI)の400万人と合わせると1000万人規模にもなる。

 世界レベルでは認知症患者とMCIを合わせると1億人を超える。ただ昨今ではMCIや軽度の認知症を対象とする治療薬の開発が進められていて、早期に適切な処置を行えば、少なくとも進行を遅らせる可能性も出てきている。
 

久松 大介(ひさまつ・だいすけ) 順天堂大学 大学院医学研究科 特任助教
2014年横浜市立大学医学研究科修士課程修了、国立研究開発法人 理化学研究所 統合生命医科学研究センター(現 生命医科学研究センター)を経て、2020年慶應義塾大学医学部生理学教室、博士(医学)、2020年順天堂大学難病の診断と治療研究センター、2020年より現職。

「現在承認されている治療薬については、いずれも症状の進行を遅らせたり、やわらげたりするものです。ただし、あくまでも対象となるのはMCIや軽度の認知症の方たちですから、まずそうした人たちを見つける必要があります。また、認知症と一概に言っても、原因は様々であり、一番知られているのがアルツハイマー病です。原因や症状によっては治療方法を変えないといけません。ところが、認知症を早期診断できるバイオマーカーはまだまだ開発段階であり、原因となる病気を層別化できるものはありません」と、順天堂大学大学院医学研究科の久松大介特任助教は現状の問題点を指摘する。
 
 そこで久松氏が注目したのが唾液中の細菌叢(マイクロバイオーム)だ。

 マイクロバイオームとは多様な細菌の集まりであり、それらが持つ遺伝情報までを合わせて意味する用語だ。マイクロバイオームのうち、早くから知られているのが腸内細菌叢である。

 大腸菌やビフィズス菌、乳酸菌などが体に良い影響を与えているのは、今では誰もが知っている。研究の進展に伴い、腸内細菌叢がその人の健康状態のバロメーターとなる事実も明らかになっている。
 
「では腸内細菌叢に次いで、細菌の種類も数も多い唾液マイクロバイオームでは何がわかるのだろうかと考えました。以前より、歯科の分野では歯周病が全身の病気にも関わっているのではないかという考えがあります。ところが、唾液マイクロバイオームに関する研究はまだまだ少ないです」

「たとえば世界中の医学・生命科学分野の文献データベースであるPubMedで調べたところ、2013年から2023年までに報告された論文数は、腸内細菌叢関連が1万6384本なのに対して、唾液関連は313本です。奇しくも、コロナ禍で唾液を用いた診断方法が私たちの身近なものになりました。医療従事者に負担もかからず、いつでもどこでも取れる非侵襲的なバイオマーカーになるのではないかと着目した次第です」