2024年1月、北朝鮮の金正恩総書記は、韓国を「平和統一の対象」ではなく「第一の敵対国」と位置づける考えを明らかにした。
北朝鮮の若者たちは、ひそかに韓国の映画やドラマを入手し、隣国への憧れを募らせている。それは、祖国・北朝鮮への反発心を引き起こす可能性もある。今回の決定は、韓国を敵対国とし、徹底的に情報を遮断することにより、北朝鮮国内の統制を保つためであるとも考えられる。
北朝鮮はこれまで「思想」によって自国民を徹底して支配してきたが、その支配に揺らぎが生じてきている。北朝鮮の「思想」といかなるものか、今後も北朝鮮は「思想」により民衆をまとめ上げることができるのか──。『金正恩の革命思想』(筑摩書房)を上梓した平井久志氏(共同通信社客員論説委員)に話を聞いた。(聞き手:関瑶子、ライター&ビデオクリエイター)
──書籍の中で、「北朝鮮は『思想(ササン)の国家』である」と書かれています。これはどういうことでしょうか。
平井久志氏(以下、平井):宗教団体には教理が必要不可欠です。教理がない宗教は崩壊します。
北朝鮮は、閉鎖的な国家です。閉鎖的な状態を長期間維持しようとすれば、その国の教理が必要となります。幾度となく「北朝鮮は崩壊する」と言われたにもかかわらず、80年近く北朝鮮が国として存続している理由の一つは、体制を支える思想があったからです。
──北朝鮮の政治思想である「主体(チュチェ)思想」とは、どのようなものなのでしょうか。
平井:正直なところ、僕もよく分かりません。それでも、あえて説明するなら「すべては人間が主人公である」「すべてを決定するのは人間である」という考え方です。
社会主義思想の体系であるマルクス主義では、社会の物質的な側面(下部構造)によって、法律や政治、文化などの社会の意識的な側面(上部構造)が決まります。そこに、人間の意思はありません。
また、マルクスの史的唯物論では、物質的な側面(下部構造)こそが歴史を動かすとされています。つまり、歴史を変えるのは人ではなく、物質的な下部構造だということです。
でも、例えば、政治的なデモに参加するか否かの決定を下すのは人間自身です。主体思想では、それを肯定しています。そういった意味で、主体思想はある種の魅力を持つ思想であるように見えます。社会主義的イデオロギーの中では、「主体思想」は非常に特異な存在でした。
国内的には金日成率いる満州パルチザン派がソ連派や延安派を排除するために、対外的には中国とソ連の間で独自の立場を維持するために「主体思想」が必要だったのです。
──「主体思想」という思想を持つ北朝鮮は、なぜ独裁国家となったのでしょうか。