宮崎県の五ヶ瀬町は九州山地の中央部に位置し、西にちょっと行けば熊本県なのだけれど、とにかく山の中である。標高が高く、町の中心部でも500mくらいはある。そしてここはちょっと珍しい日本茶の産地だった。

山のお茶 坂本園  当主 坂本 建吾さん

お茶のフィネス

すーっとはいってきて口の中がさっぱりして、余韻にほのかな旨味と渋みが残る。坂本園の緑茶は、そういうテイストだった。

「やっぱり釜炒りというのが、このあたりのお茶の最大の特徴です」

と、坂本園の当主である坂本建吾さんは説明するのだけれど、この「釜炒り」という作り方が坂本園のお茶に独特の個性を与えている。

強い旨味や甘味を持ち、ガツンと渋みのある煎茶をフルボディの赤ワインに例えるなら、坂本園の理想はエレガントな白ワイン。口当たりが水のようになめらかで大人しく、そこからふわっと緑茶の味わいが花開くこと、しかし渋みの印象がほとんどないことは、実際、上質な白ワインの経験と似ている。フィネスがある!

坂本園がつくっている紅茶と烏龍茶も印象は同様で、これらのお茶も、渋みの印象がほとんどない。にもかかわらず、きちんとお茶としての味わいと充実感があった。海外の主張の強い紅茶や烏龍茶ではなく、日本の、どこかなつかしい雰囲気の、優しい紅茶と烏龍茶だ。

坂本園は複数の「和紅茶 HATSUKOI」と「微発酵茶 ICHIKA」をラインナップする。微発酵茶は実質的には烏龍茶。左は「青心ウーロン」という台湾の最も代表的かつ最高級の烏龍茶向けの品種を使った和紅茶という珍しいもので30g、1,296円(税込)。右は「ふうしゅん」という耐寒性の高い日本の品種を使った烏龍茶で30g、1080円(税込)

「特に日本茶の茶葉を使った紅茶は優しい味わいになります」

紅茶のラインナップのなかには「べにふうき」というアッサム系とダージリン系の交配種の茶葉を使った紅茶もあったのだけれど、それでもタニックな印象はそれほど強くはない。

そして、面白いことに、こんな日本人的に安心感のある坂本園のお茶は、その半分程度が海外で売れているそうなのだ。海外の人にとっては、未知なるお茶なのだろうか?

釜炒り茶

先程も言ったとおり「釜炒り」という製造方法が坂本園の、そしてこの坂本園がある五ヶ瀬というお茶産地の特徴なのだけれど、この製造方法はどうやら豊臣秀吉の時代に大陸から伝来したようで、大陸文化と縁の深い九州にはいくつか、この製法を現在も行っているところがある。そんななかで五ヶ瀬は基本が釜炒りという珍しい産地だ。

日本茶は、茶葉を摘んだあと、すぐに殺青(さっせい)という工程で発酵(酸化)を止める。そして、この殺青は茶葉を蒸して行うのが普通なのだけれど、五ヶ瀬では蒸さずに釜で炒る。

写真も釜で茶葉を加熱する工程だけれど、これは最後の乾燥工程のもので「釜炒り」の釜とは別

「昔はそれこそ、垣根や庭先にチャノキがあって、地域の共同工場の釜でお茶を炒っている人たちもいたんです。産業化したのは昭和40年代以降かな」

現在59歳という坂本さんは、その頃はまだ幼児であり、お父さんが当時の当主だったのだけれど、坂本園が自園で茶を栽培し、収穫し、炒って、商品にして売る、という一貫生産を行うプロフェッショナルなお茶メーカーになったのがその頃のようだ。坂本さんは高校と大学でお茶を学ぶと実家のお茶づくりに参加し、30歳の頃に代表となった。お茶づくり歴でいえばおおよそ40年のベテラン職人だ。

周囲の跡継ぎのいなくなった茶園を買い取ったり、荒れた茶園のチャノキを再植樹したりと、規模を徐々に拡大し、現在では10ヘクタールほどの自園を持ち、五ヶ瀬では最大規模の生産能力を誇っているとのことだけれど、それでも全国規模でみれば小規模。

ひとつなぎの茶畑としては坂本園では最大規模の畑。周囲を1000m級の山が囲む

そして「釜炒り」という製造方法は、よほど無理をしない限りは大量生産に向かない製造方法なので、この規模感は合っているのだという。

坂本園のお茶づくりの心臓部ともいえる釜炒りの機械が、1時間に釜炒りできるお茶の量は200kg程度。しかも、この釜炒りはなかなかに手間のかかる工程だ。

「この3mちょっとあるトンネル状の機械が釜炒りの装置、釜です。バーナーが3基ついています」

見た目は釜ではないが、こちらが「釜炒り」の釜

釜と言われて想像していたものとは形がだいぶ違ったけれど、工程は以下の通り。この鉄のトンネルの壁はバーナーで熱され、摘んだばかりのフレッシュな茶葉はその熱くなった壁に接触したり、釜内部の熱い空気によって熱される。そうすると葉から水分が蒸発して出てくる。その蒸気自体も熱くなるので、それでも茶葉は蒸され、結果、バーナーで熱くなった壁との接触、熱い空気との接触、蒸気との接触で茶葉は炒られたり蒸されたりしていく。これが「釜炒り」だ。

「最初が350℃くらい、トンネルの出口付近で200℃くらいにしています。とはいえ、茶葉の状態によって、温度や時間は変えていきます」

釜炒り工程では30から35%程度の水分が茶葉から失われるそうなのだけれど、茶葉から出た蒸気を適度に釜から抜くことも大切なのだという。というのも、この蒸気には青々しい茶の風味が強くあり、茶葉との接触時間が長すぎると茶葉にそれがついてしまう。とはいえ、トンネル内をカラカラにして、茶葉に熱が入りすぎたり、焦げてロースト香がついてしまうのも五ヶ瀬的にはNG。この微妙なサジ加減こそが、五ヶ瀬のお茶のエレガントな風味の決め手であり、この茶葉に合わせていちいち微調整する手間ひまが一気に大量に生産できない理由だ。

ちなみに、坂本園が紅茶や烏龍茶をつくれるのも、この釜炒りという製法ゆえ。

烏龍茶は摘み取った茶葉を日光でしおれさせ、揺らして発酵を促し、釜炒りで発酵を止めたあと揉んで形を整える半発酵茶。紅茶はしおれさせた茶葉を揉んで、烏龍茶以上に発酵を促し、最後に釜で炒る発酵茶。烏龍茶や紅茶のための設備を持つ場合は話が違うけれど、通常の蒸す工程を想定した日本茶製造場では、つくれないのだ。

オーガニック

ところで、日本茶は海外輸出が結構難しい。これは肥料や殺虫剤などの使用基準が日本と海外では違うのが理由だ。坂本園のお茶の多くが海外に輸出されている、というのはつまり、栽培が実質、無農薬ないし、有機農法のような方法だということだ。

「うちも一部は慣行農法のところもありますが、有機JASをとっています。ヨーロッパなんかは特に基準が厳しいですからね。有機じゃないとなかなか海外に出られない」

坂本さんはサラっと言うけれど、有機栽培で美味しく、経済合理性があるお茶を育てるのは日本では難しい。最大の敵はやはり害虫。そして湿度に起因する病気の発生だ。

「五ヶ瀬は標高が高くて冬が寒いから、ダニなどの害虫が越冬できないんです。だからそもそも防除の必要がほとんどない。あっても、人間の手で対応できます。病気は剪定の工夫などで対応するのが昔からのやり方。肥料もほとんど与えないのが普通です」

お邪魔した坂本園の畑のひとつは冷たい風が吹き下ろす斜面にあった。その時点で冷涼だけれど、周囲を山に囲まれているため、朝日や夕日はカットされてしまうだろう。

日光を受ける時間と受けない時間のメリハリがあり、昼と夜で寒暖差が大きいことはお茶に限らず植物全般が美味しくなる自然条件だし、そもそも、覆いをかけて日光を防ぎ、旨味を凝縮させる作り方もある日本茶にとって、日照時間の少なさはメリットだ。

チリ、ナパバレー、ブルゴーニュ……ワインの名産地にもこういう山との絶妙な距離感のお陰で、ナチュラルで美味しいブドウが育つ、神に愛された土地ってあるよなぁ、などと考えていると——

「代わりに、耐寒性のある品種じゃないと、なかなか難しいというのはあります。歴史の中で、耐寒性のある木を残していって、いまがあるんです」

それってワインで言えば「マサルセレクション」? 

土地の恵みをその土地に合った自然が身に宿し、その自然の恵みを人の技がすくい取る。そういうものが人にとっては抵抗がなく美味しいという、人の暮らしの真理を体現したようなお茶だったんだなぁと、寒さに震えながら実感するのだった。

ああ!さっき事務所でいただいた温かいお茶が飲みたい。

坂本園の緑茶の一部。中央の「一期一会」はやぶきた種のみを原料とし、農薬を使わず有機肥料だけで育てた茶葉を1年に1回だけ摘み取ることで、旨味がギュッと凝縮した最高の一品。100gで1944円(税込)。限定品。その右が「深山の露 極上」(同1,728円)で、同じくやぶきた種の限定品ではない中での最高級茶。左の「山のお茶 なごみ」(同756円)はブレンドのスタンダードなお茶。食事との相性もよく、特にチョコレートとは好相性