日本三大珍味とされるカラスミ。魚の繊細な卵巣(真子)を手間暇かけて加工するこの高級食品の産地として、いま宮崎県が盛り上がっている。そのムーブメントの中心地に、ひとりの女性あり。それが繊細な味わいの『あめいろからすみ』を生み出す「はまや株式会社」の創業者にして代表取締役 小濱ゆうきさんです。

人々を動かす情熱
「言言、肺腑を衝く」 という言葉があります。誠実な一言一言に心を揺さぶられるという意味の言葉です。「はまや株式会社」の創業者にして代表取締役 小濱ゆうきさんはまさにそんな人……なのですが、この人物、非常に奥ゆかしい上に、自称・緊張しがちで、その「言言」が鈍感な私の「肺腑を衝く」までにはそれなりの時間が必要でした。

小濱さんの会社「はまや」は、カラスミに特化した水産加工会社です。カラスミ、つまりボラの卵巣(真子)の加工食品は、古代ギリシャやエジプト、つまり地中海が発祥だそうで、イタリアのボッタルガが特に有名(といってもこの場合、魚はボラに限らないようですが)。ヨーロッパのほか中国でも食べられていて、日本にはその中国から安土桃山時代に長崎に伝わっています。そのため今でも最高峰のカラスミ産地として長崎は名高いのですが、実は、長崎はボラの水揚げが減っていて、他県や海外のボラを使うこともあるそうです。そして、そのボラの供給源のひとつが宮崎。
ところが、その優れた宮崎のボラ、そもそも日本ではボラが不人気なこともあり輸出されたり「未利用魚」などという不名誉な扱いを受けてしまうことも珍しくないのだとか。
小濱さんは運命のようにその宮崎のボラに出会い、魅せられ、いま、その情熱は様々な人を巻き込んでカラスミを宮崎の名物にしようというカラスミムーブメントを起こしつつあるのでした。

3児の母、ボラに出合う
小濱さんは3人のお子さんがいるお母さんです。そのさらにお母さんは2010年ごろ、退職を機に古民家といった雰囲気の家屋を改造し、夢だった喫茶店をはじめます。店の名前はその家屋の柱の色などにちなんで「あめいろCAFE」。場所は宮崎県庁がある官庁街かつ住宅街の宮崎市宮田町。
立地の良さもあって、さまざまなお客さんに恵まれますが「お昼ごはんは食べられないの?」 というお客さんたちの声に押し切られるかたちでランチ営業をはじめると、これが人気に。しかし、のんびり喫茶店をやりたかった小濱さんのお母さんのイメージからは乖離して忙しくなってしまったことを受けて、2011年、小濱さんの一番下のお子さんが小学校に入学したころ、小濱さんはこの店を引き継ぐことになりました。
とはいえ、お母さんが趣味ではじめたお店なので「あめいろCAFE」には事業計画などというものは当然存在しません。引き継いだ以上は、さすがにそのままというわけにもいかないと、小濱さんは県庁の前でビラを配ってみたりしても、売上は月に(日ではなく!)10万円もあれば奇跡のような状態だったそうです。
これでは続かない。「あめいろCAFE」ならではの何かがないと、状況を突破しようがない……
しかし、何かと豊かなのが宮崎県。農作物にも畜産物にも恵まれているため、何をやっても二番煎じ、三番煎じ。カフェの売りになるようなものはないものか……そんな悩めるある日、小濱さんの夫が会食のお土産にカラスミを持って帰ってきました。
「そういえば、以前もこんなことがあったような?」
実は養殖を除くと、カツオ、マグロ類、イワシ、サバ、アジは全国トップレベルの漁獲量を誇りながらも、そのほかにはそう目立った魚もなく、魚種が少ないのが宮崎県の漁業の特徴だそうです。水産加工品にも乏しい。しかしどうも、カラスミは県内で作られているらしいのです。
「カラスミは珍しいから、あめいろCAFEの名物にできるんじゃないか? 物販もできれば、お店での売上以外の売上も期待できるのではないか?」
カラスミはあめいろが良品とされる、というところにも運命的なものを感じて、小濱さんは県庁に問い合わせてボラがあるという県北の市場へ。果たして、ボラとその卵巣を発見するのですが「めちゃくちゃ高い。とてもじゃないけれど、カフェの原材料費のレベルじゃない」
しかし、もう後のない小濱さんはこのくらいでは諦めません。「じゃあ、ボラごと買えばいいのではないか?」 ボラは、出世魚で、最終段階の一つ前の状態を指し、最後は「とどのつまり」で有名なトドなのですが、もはやトドレベルに大きなボラを刺し身で食べたら「すっごい美味しい!」
そもそもボラは環境適応力の高く、水質が悪くても暮らしていける。ただ、水質の悪い環境で育ったボラの身は臭くて美味しくない。これが、ボラ不人気の理由なのです。水質の良い外洋で育った、特に冬に沖合で獲れるボラは通称「寒ボラ」と呼ばれ、そのクセがなく弾力のある白身は美味なのです。また、血合いや幽門も、古くから愛される食材。これなら身はカフェの料理に、卵巣はカラスミに、無駄なく使える! そう考えた小濱さんは寒ボラを仕入れることにします。2013年のことだといいます。
なぜか工場
こうして寒ボラのメスを仕入れはじめた小濱さんは「あめいろCAFE」の裏にカフェのキッチンとは別のボラ用の作業場を作り、地元の料理屋さんに習ってカラスミ作りを開始しました。塩漬けした卵巣はカフェのテラスで天日干し。身はミンチやフライ等で料理に。このボラ&カラスミが好評を博し、名物として「あめいろCAFE」の主力を担い、経営を支えることになります。めでたしめでたし。
ところが、小濱さん、なぜかここで止まりません。
「宮崎は冬に湿気が多くて、カラスミがたくさん作れないんです」

小濱さんは美味しいカラスミ作りを追求し、ボラにも感情移入するようになっていました。こんなにいい魚がきちんと価値づけされていない、まして利用もされていないとは何事か! カラスミをちゃんと事業化したい!と、情熱が燃える。その情熱に賛同した漁協の後押しもあって2016年、宮崎に初のカラスミに特化した水産加工会社「はまや」を誕生させるのです。
しかもこの工場がスゴいもので、なんと小濱さんのほかにもうひとりの従業員がいれば完璧に稼働し、HACCP(ハサップ)認証まで取得可能なほどの衛生環境。

これはカラスミ本来の繊細な風味を殺さないために編み出したものだそうです。工場に入った卵巣は最低限の塩のみでカラスミ化。醤油やみりんはおろか、アルコールすら使わないで衛生的に問題のないカラスミを生み出す独自の加工法を完成させています。

ひとりではできないなら
ひょんなことから事業をはじめ、苦境を乗り越えて地方創生の旗手へ。熱血女性経営者といった実績と、小濱さんの奥ゆかしく控えめな人物像はなかなかすっと一本の線でつながりません。
これまでさまざまな飲食店や食品関係の業者に、ボラとカラスミを持ち込んで営業をしてきた、というのも、小濱さんのキャラクターからはちょっと意外に感じます。
戦績は、まだまだのようです。確かに地元の水産業者を動かした彼女の情熱が通じる相手もいるようですが、驚くべきことに、食のプロにも、カラスミを知らない、食べたことがない、という人はたくさんいるのだそうです。いわんやボラをや。寒ボラ、という名品のことなどまったく知らず、臭いんじゃないか? まずいんじゃないか? とおっかなびっくりな人が多いとのこと。そしていざ、食べられると知れば、じゃあ何円?
「折れそうでなかなか折れないんですよ」

と本人は言うのですが、小濱さんはもともと「田舎の生まれ」で、自然の恵みを表現するものづくりが好き。だから、ボラを、カラスミを、追求するのが肌に合っているようです。そこをあまり評価されず、数字の話をされるのは苦手で「一体自分は何のために頑張っているのだろう?」 と気持ちが折れそうになることも多いと言います。
だからこそ、ひとりではなく、多くの人たちと手を組んでいきたい、ということのようで、彼女を応援してくれている水産業の人びとだけでなく、ライバルや農作物の生産者なども含めて、ノウハウを共有して一次産業を盛り上げていきたいと仲間と共にminatoという組織(一般社団法人)で活動を⾏っているそうです。

結局そういう公正さが、特に高級品の場合はブランドの核になるもので、どれだけパッケージがキレイでも、つくり手の思い入れやがイマイチなら、そのメッキは儚いものともおもわなくもないのですが、良きカラスミの色である「あめいろ」は、小濱さんの情熱が燃えている証拠なのです。