1907年、飛行機No.15に乗ったA・サントス・デュモン Archives Cartier © Cartier

もっとも長い歴史を持つウォッチ

数あるカルティエのコレクションの中でも、もっとも長い歴史を持つのが『サントス』だ。これはカルティエ好きはもちろん、腕時計に関わったことがあるものならよく知られていることである。また、あまり語られていないことだが、近年人気となった“ラグジュアリースポーツウォッチ(ラグスポ)”というカテゴリーの元祖はこのモデルだと確信している。

まず、そのデザイン、ディテールを見ていこう。スクエア型で、直線で構成されながらも4つの角が丸みを帯びたケース。パリのスカイラインに見える鉄骨構造物へのオマージュから、ベゼルにビスが埋め込まれている。そこに装飾を排除したシンプルなレザーストラップが装着されている。

文字盤にはローマ数字のインデックスと剣型針。バランスのいい伝統の組合せが秀逸である。さらにリューズにはパール状の飾りがつき、その先端にはブルーカボションが着けれている。そこにはパリの幾何学的な美意識が息づいた、普遍のエレガンスが宿っているのである。

『サントス デュモン』 1912年に市販された最初のサントスウォッチ Vincent Wulveryck, Collection Cartier © Cartier

それは懐中時計の時代、ラウンドケースが常識だった20世紀初頭のコードを覆す、デザイン革命のシンボルともいえる造形だったのである。

あらためて記すと、サントスウォッチは、カルティエの3代目であるルイ・カルティエとブラジルのコーヒー王の子息で、航空史にその名を残す飛行家アルベルト・サントス=デュモンが、パリの社交会で知り合ったことにはじまった。

洒落者かつ冒険家からの依頼

2人の会話の中で、飛行中に懐中時計で時間を確認するのが困難なことを知ったルイ・カルティエが、サントス=デュモンのために考案したのである。

メンズ腕時計の誕生については、戦争時にポケットから懐中時計を取り出す手間を解消したことなど、軍にまつわる実践的な話が多いのだが、『サントス』はパリで出会い、その会話の中から誕生したオーダメイドとということが実に優雅なのである。

しかもサントス=デュモンは、襟の高いハイカラーのシャツを着こなす洒落者としても知られた人物でもある。ちなみに、このハイカラーシャツは後に日本における“ハイカラ”という言葉の語源とも言われている。そんな人物を満足させる腕時計となれば、当然そのハードルは高くなる。

ルイ・カルティエは、洒落者かつ冒険家のサントス=デュモンを満足させるべく、製作に5年の歳月をかけた。そして完成した腕時計は『サントス デュモン』と名付けられた。1904年のことである。

この『サントス デュモン』を装着したアルベルト・サントス=デュモンは、その3年後の1907年に愛機で飛行時間の世界記録を樹立している。そんな『サントス』が一般に販売されたのは、もう少し先、1911年のことになるのだが、この時のケースはイエローゴールド製もしくはプラチナ製で、ストラップにはすでにDバックルが備えられていた。最初からとても機能的かつゴージャスなスポーツウォッチでだったのだ。

高い人気を誇ったステンレス×ゴールド

その後、腕時計が盛んになってきたミッドセンチュリーには、他のカルティエのウォッチコレクションの影に隠れていた感があったが、1970年代のいわゆる“ラグジュアリースポーツウォッチ”の台頭とともに再び脚光を浴びることとなる。78年には、デザインにリューズガードを加え、ステンレススティール製のケース、ブレスレットのモダンスタイルで登場。とくにステンレス×ゴールドのコンビモデルは、高い人気を誇っていた。

『サントス ドゥ カルティエ』 1978年製、ステンレススティール×ゴールドのコンビモデル Vincent Wulveryck, Collection Cartier © Cartier

 そして、87年には『サントスガルべ』が登場。“ガルべ”とはフランス語で曲線を意味する。その名の通りケースを湾曲させて、手首への装着感を高めたのである。この頃から90年代にかけては、ラウンドケースの『サントス』も製作されている。ラウンド型以外のディテールは従来のモデルと同じデザインなので、とても貴重なモデルといえるだろう。

 また、貴重といえば80年代から90年代初頭の約10年ほど、『サントスオクタゴン』が製造されている。これはブレスレットやベゼルにビスが埋め込まれているのは同じだが、モデル名にあるようにベゼルが’八角形なのである。当時は男女兼用モデルということなのだが、小径なので、レディスウォッチとして扱われている。こちらも製造期間が短かったこともあり、珍しい『サントス』となっている。

現行は素敵な2コレクションからなる

122年の歴史を持つ『サントス』は、その長い歴史の中でさまざまな顔を見せ、現在に至っている。現行のサントスには『サントス ドゥ カルティエ』と『サントス デュモン』の主に2つのコレクションがある。

どちらも初代モデルを踏襲しているのだが、『サントス ドゥ カルティエ』はスポーティさとエレガンスを兼ね備えており、デザインはどちらかというと現代的だ。搭載ムーブメントは主に自動巻き、自社製Cal.1847MCを搭載しているモデルが多い。また、ブレスレットのコマ調整やレザーベルトへの交換が工具不要で簡単にできる「クイックスイッチ」システムや、「スマートリンク」システムといった備えられ機能的でもある。

『サントス ドゥ カルティエ』 2025年11月に発売されたステンレススティール製のラージモデル。黒文字版モデルもある。 自動巻き(Cal.1847MC)、ステンレススティールケース、ケース幅39.8mm 188万7600円

一方、『サントス デュモン』は、初代サントスウォッチのデザインをより忠実に踏襲した、エレガントでクラシカルなコレクションである。クラシカルなこのモデルには、リューズガードがなく装飾的なカボションが特徴。ケースは薄く仕上げられており、ドレッシーな印象が強く、先にも述べたようにクラシカルな美しさが特徴だ。ムーブメントはクォーツ式が多いが、大型のXLモデルには手巻きムーブメントが搭載されている。

『サントス デュモン』 2025年6月に発売されたイエローゴールド×ステンレススティール製のコンビモデル。 手巻き(Cal.430MC)、ステンレススティール×ゴールドケース、46.6×33.9mm 175万5600円

このように、機能重視で発展してきた実戦派とはまた趣を異にするエレガント&スポーティウォッチは、1世紀以上経過した今日も、カルティエのウォッチコレクションの柱のひとつとなっている。これは特筆すべきことで、それだけでも『サントス』の凄さがわかるのである。