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世界は矛盾に満ちている。収束することなく各地で勃発する紛争。ナショナリズムで他者を排斥する人々。残虐行為を止めようともしなかったのに、犯罪だとして人道主義で裁く先進国。モノを作って利益をあげるのではなく、レントで富を増やすテック企業の創業者たち。貧困と格差で分断されたこの世界の実相を読む。
現役女性裁判官による高い完成度に驚き、静かな興奮に包まれる連作短編ミステリー

『暗黒の瞬間』
著者:エリーザ・ホーフェン
訳者:浅井晶子
装画:チカツタケオ
装幀:中村聡
出版社:東京創元社
発売日:2026年2月13日
価格:2,530円(税込)
【概要】
30年以上のキャリアに幕を引くことを決意した、ベルリンの刑事弁護士エーファ。凄腕で知られる彼女は、多くの忘れがたい事件を手がけてきた。11人が被告人となった裁判で1人だけ無実の者がおり、全員がそれは自分だと主張している。1人を救うため10人を無罪とすべきか。厄介だがよく議論される類の事件だと思われたが……ひとつの証言、発見、弁護活動でその姿が一変する平凡な裁判、そして異常な裁判–—驚異の新人による、息を呑むような完璧なる連作短編ミステリー。
人間の業が引き起こす犯罪と、世界を分断する亀裂の可視化
これほど完成度高い小説は久しぶり。静かな興奮のうちに読み終えた。著者のエリーザ・ホーフェンはライプツィヒ大学の法学部教授にして、ザクセン州の憲法裁判所の裁判官。専門書は手がけているが、ミステリー作家としてはこれがデビュー作だという。
一人称の語り手であるエーファ・ヘアベアゲンは、30年間刑事弁護に携わってきた女性弁護士である。この小説は、彼女の事件簿であり、それ以上に回想録や回顧録としての要素が強い。単なる事件簿にとどまらないのは、事件が法律上の決着をみた後、弁護士としての彼女の自責の念なり後ろめたさが、色あせぬ水中花のように揺らめくからだ。
連作になった9編を収める。富豪の狡猾、保身の隠蔽、無罪の者まで焼き尽くす復讐心、事件の背景にある過度の承認欲求など、人間の業が引き起こす犯罪は、我が国でも見聞きするところ。
しかし〈第三の事件「少年兵」〉には、日本では起こりえないケースとして深い衝撃を受ける。血生臭いアフリカ大陸の内戦、逃げ出した難民が流入するEU、ドイツの法体系。それらがぶつかり合って、世界を分断する亀裂が可視化されるのだ。
事の発端はこう。ベルリンの難民収容施設に新しく入ってきたウガンダ人のオンバウェは、先に入居していた男・オケロを見て震え出し、こう告発する。あの男は自分の村を襲い、我が父を惨殺し、愛する息子を連れ去った反乱軍のリーダーの一人であると。
捜査を開始したドイツ連邦検察庁は、オケロを「人道に対する罪および戦争犯罪」で起訴する。裁判所によってオケロの国選弁護人に就くよう指定されたのがエーファだった。彼女は公判を前に、検察が集めたさまざまな証拠資料に目を通す。
キャリアを積んできた職業人として、エーファはいまさら人間の闇には驚かない。それでもウガンダで起きている拷問や強姦、子供や妊婦に対する凄惨な犯罪の数々には気が滅入った。
被告となったオケロは、接見してみると物静かな男だった。右耳から胸骨まで続く大きな傷跡がまるでトレードマークのようにある。彼は通訳を介していぶかしげに訊く。ウガンダでの出来事がそもそもドイツ人になんの関係があるんだ?
エーファは説明する。ドイツの検察は、犯罪が起こった場所も加害者の国籍も関係なく、いつでも戦争犯罪のような国際的重大事案を訴追できるのだと。オケロは抵抗する。この国の裁判官は俺たちのことを何一つ知らないじゃないか。裁判など認めない、裁判では黙秘を通す。
被害者が加害者になる残酷な無限ループの先にある、呆然とする幕切れ
初公判でオンバウェが証言する内容は生々しかった。寡夫のオンバウェは父と息子の三人暮らし。押し入ってきた反乱軍に殴られ昏倒、意識が戻っても体は動かず、兵士にナイフを持たされた少年兵が老父の喉をかき切り、床を真っ赤に染めて息絶えるのを見ているしかなかった。
兵士に、やらなければおまえを同じ目に遭わせると脅され、ナイフを振るった少年兵は、自分の息子と同じくらいの年齢だった。その息子は反乱軍が連れていったと、納屋に隠れて運良く難を逃れた女性が教えてくれた。
映画スターのようにすらりとした美男のオンバウェは、証言台からオケロを指差し、こらえきれずすすり泣く。「私の父も息子も、この男にとってはなんの意味もない存在です。でも私にとってはすべてなんです」。
圧倒的に不利な裁判。エーファは無策だった。反対尋問に立つ気にもなれなかった。そんな彼女に、公判を終えて房に戻るオケロがたどたどしい英語でこう呟く。「あれは俺がやらされたことだ(That is what they made)」
ドイツの法律では、重大事案の場合、誰かに命じられて実行したとしてもそれが免罪符になることはない。しかし、自分の意思で実行した場合と、他人の意思で実行した場合では、罪の重さと量刑が違ってくる。
エーファはアムステルダムに飛び、列車でハーグに移動。同地の国際刑事裁判所の創設にも携わった著名な弁護士の事務所を訪ねる。ウガンダの現地調査にも熱心なその弁護士は、たくさんの写真や証言録を持っていた。そこで見つけた、首に大きな傷跡がある、まだ10歳にも満たない少年の写真。
持ち帰った写真をオケロの前に出し、あなたのことが知りたいとエーファが誘うと、彼はスワヒリ語で自分のことを語り始める。少年のオケロが徒歩で1時間の学校から戻ると村が燃えていたこと、姉達はきびすを返して逃げたこと、自分は両親の安否を確かめずにはいられなかったこと、そして、それから起こったこと。
法廷で2時間続いたオケロの証言は、家族を殺され天涯孤独になった少年が、反乱軍という疑似家族の中で“父”や“兄”と出会い、最初の殺人という通過儀礼をへて仲間に賞賛される少年兵となり、他人への思いやりもためらいも持たない怪物へと変貌していく哀しい物語だった。
被害者が加害者になり、新たな被害者をリクルートして一人前の加害者に仕立て上げる。残酷なこの無限ループ。裁判官達は、加害者は被害者でもあるというジレンマに直面し、結局重い量刑を避け、10年間の禁固刑を言い渡すが……
実は、真のドラマはこの判決後に始まる。「法律の世界」から「文学の世界」にジャンプし、“物語贈与論”とでもいいたくなるような展開を見せ、エーファばかりか読む者までをも呆然とさせるのだ。
これは他者の頭上に降らす慈雨なのか? それとも人間というものの本質を知る者の優雅な冷笑なのか? 見事な幕切れに、あなたもきっと言葉をなくすはずだ。
謎のキーワードに導かれる、一人の女性法曹家の人生
1つの短編にずいぶん紙幅を費やしてしまったが、本書は所々に謎のキーワードが埋め込まれている。「シュテファン・ハインリヒ」という呪文だ。最初目にしたときは、“え、そんな人物いた?”と、あわてて探してしまったが、何度も出てくるうちに確信した。この本はきっと、シュテファン・ハインリヒの事件で締めくくられるに違いない、と。
やはり最後にあったシュテファン・ハインリヒ事件。ここでは深く立ち入らない。エーファと夫ペーターの関係の軌跡を書きたい。というのも、エーファのある時点での“上の空”が、シュテファン・ハインリヒの悲劇への導火線の一部になったと思うからだ。
エーファはのどかなドイツの田舎の村で育った。「田舎の村というものは、子供にとっては天国だが、思春期の少年少女にとっては地獄」だとするエーファは、大学入学資格試験を終えるといそいそと荷物をまとめ、まだ東西ドイツだった頃のベルリンへ。大学生として刺激的な自由を謳歌した。夫になったペーターとは学生時代からのつきあいだ。
二人には結婚より前に優先したいキャリアパスがあった。エーファは女性であるからこそ、まず弁護士事務所で成果を上げ、自分の足場を固めたいと思った。ペーターは文学の博士論文と、その後には教授資格論文がひかえていた。
それよりなにより、二人は旅がしたかった。友人カップルを見ていると、子供が人生をがらりとかえてしまうのがわかる。二人ともその時がきたら代償を払う覚悟はあったが、まだ好奇心を優先させたかった。東京、プノンペン、イグアスの滝へ。
しかしある日、憑きものが落ちるように変化の時が訪れる。疲労と暑さと治安の悪さからくるぴりぴりした緊張感で、リオ・デ・ジャネイロのホテルのベッドにぐったり横たわったエーファは自分に問いかける。これが本当に、私が人生に期待したものだったの?
エーファの中で、刺激的な非日常よりも、穏やかな幸福に満たされた日常の価値が突然浮上する。二人はその夜、家庭を築こうと決める。
30代の終わりから5年間、子作りと不妊治療と人工授精に励んだ。生まれてくる子供達のために、森と湖のある閑静な住宅街に家も買った。でも希望は叶わなかった。挫折の連続で精神も肉体も限界まで傷ついた頃、ペーターが優しくエーファの手を取って言う。「僕たちにはお互いがいる。それで十分幸せなんじゃないかな」。
二人は長かった悲しみと失望の日々に別れを告げ、新たに出発しようと、結婚式を計画する。ペーター46歳、エーファ44歳。特別な日にしたかった。湖畔の小さなレストランに近親者と親しい友人ばかりを20人ほど招き、晴れやかで愉快で親密な時を過ごす。その後二人はイタリア各地を巡る新婚旅行へと出発する。
罪人の闇と主人公自身の「暗黒の瞬間」が交差する年代記
エーファはこの間、あまり仕事に集中していない。依頼人の迷いに真剣に耳を傾けず、結婚式の打ち合わせに間に合うよう、楽観的な見通しを伝えて依頼人を早く追い返したりしている。
この依頼人が、シュテファン・ハインリヒである。ドイツの医療技術の会社の財務課長である彼は、ロシアの役人に100万ユーロの賄賂を渡した容疑をかけられていた。そのカネは直接ロシアに送られておらず、ロシア在住で「ロシア政府の保健関連コンサルタント」と名乗る男のクロアチアの口座に振り込まれていた。
エーファの法的見解はこうだ。ドイツの法律で、収賄罪が成立するのは公職者に賄賂を渡した場合だけ。怪しいだけの人物になら、いくら払っても構わない。コンサルからロシアの公職者にカネが渡ったことは検察も証明できない。ゆえにハインリヒさん、あなたは無罪であると。
簡単な事件だからと、新人に引き継いで新婚旅行に出発したエーファは、滞在先のトスカーナでその新人から電話を受ける。初公判に立ち会った彼女は、なにがなんだか分からないとパニックを起こしていた。
いわゆる訴因変更。起訴された贈賄罪に、新たに背任罪が加わっていた。私は訴因変更は検察官がするものとばかり思っていたが、ドイツでは裁判長の指揮でするのだなあと、ちょっとビックリする(私は単に無知なのだろう)。
エーファが結婚式や新婚旅行に浮かれず周到に準備していたら、気づいていただろう陥穽に、ハインリヒはズッポリのみ込まれていた。そこから続く一連の出来事は、真面目に働き、律儀に努力し、エリート層に半身をねじ込んだ男の自己崩壊の悲劇そのもの。詳しくは書かない。痛まし過ぎる。
9つの事件には年代が記されている。このシュテファン・ハインリヒ事件は2004年。一番古い。自責の念を抱えながら、エーファはその後の弁護士人生を歩んできたのだ。タイトルは罪人が見せる闇の瞬間であり、シュテファン・ハインリヒの影がちらつく瞬間は、エーファ自身の暗黒の瞬間でもある。
エーファは法曹人なら越えてはいけない矩を越えたことがある(〈第2の事件「生かしておく」)。1人だけ無罪の人間がいるのに、11人の被告全員を焼き尽くそうとする復讐心を、ただ眺めているしかなかったこともある(〈第7の事件「強姦」〉)。
エーファの罪は誰が裁くのか。エーファ自身しかいない。彼女は身も心も捧げた30年以上の弁護士生活に、終止符を打とうと決める。弁護士連合会宛ての封筒に入れた弁護士資格を返上する旨の手紙。その封筒が自宅の仕事部屋のデスクの上で、まだ暑い9月の午後の日射しを受けて白く光っている。本書は実は、そんなシーンをプロローグにして幕を開ける。
対になるエピローグの役目を果たすのは、題名をシェークスピアから借りた最終話「終わりよければすべてよし」である。時制はプロローグと同じ日。この日の午前中、エーファは自分をペテンにかけた男を逆ペテンにかけるという大技をやってのけた(具体的には〈第8の事件「告白」〉の後日譚)。重大な過ちは正された。冤罪の者への償いは果たされた。
プロローグで午後だった時間帯は、「終わりよければすべてよし」の後半ではもう黄昏が近い時間帯になっている。もうすぐ雨が降りそうだ。夏の上着を手にとり、通りを渡って封筒をポストに投函すればすべてが終わる。しかし、エーファは本気で弁護士生活に終止符を打ちたがっているのだろうか?
庭のヒマワリが本当のところを教えてくれる。午後に窓の外に目をやったエーファは、枯れて地面に頭をつけたヒマワリは引き抜き、堆肥の山に加えようと考えていた。黄昏が近づく中、また外に目をやると、今度は庭の一番奥、隣家のリンゴの木々に隠れるようにして黄色いヒマワリが一輪咲いている。「まるで季節に抗うかのように、頭をすっくと上げて」。
終わりのシーンよければすべてよし。エーファの弁護士魂は不屈のはずだ。
