異端の経済学者が解く、デジタル空間の領主が支配する醜く不公平な経済


『テクノ封建制』
著者:ヤニス・バルファキス
解説:斎藤幸平
訳者:関 美和
出版社:集英社
発売日:2025年2月26日
価格:1,980円(税込)

【概要】
グーグルやアップルなどの巨大テック企業が人々を支配する「テクノ封建制」が始まった。彼らはデジタル空間の「領主」となり、「農奴」と化したユーザーから「レント(地代・使用料)」を搾り取るとともに、無償労働をさせて莫大な利益を収奪しているのだ。
このあまりにも不公平なシステムを打ち破る鍵はどこにあるのか?
異端の経済学者が社会の大転換を看破した、世界的ベストセラー。

ギリシャ内戦経験者の父に息子が語る、資本主義の現在地

 著者のヤニス・バルファキスは、巧い手を使ったなあと思う。前著『父が娘に語る 美しく、深く、壮大で、とんでもなくわかりやすい経済の話。』で娘に語りかけたパパ・ヤニスは、この書では息子の立場から「父さん」に、手紙の形を取って語りかける。

 娘に「なぜこんなに『格差』があるの?」と聞かれ、パパ・ヤニスは資本主義という言葉をなるべく使わず、資本主義の本質を語り聞かせた(事後承諾の娘さん、プンプンだったらしい)。

 本書はその逆手法。いま社会に起きている構造変化を「テクノ封建制」と名付け、なぜそう名付けたか、資本主義の現在地を、縷々「父さん」に解説してみせるのだ。

 バルファキス氏の父上は化学技術者にして、ギリシャ最大の鉄鋼メーカーの会長にまで上り詰めた人物。若き日のギリシャ内戦(1946~1949年)では、共産主義を否定するのを拒み、仲間達とともに強制収容所で4年を耐えた。

「父さん」は1961年生まれのヤニス少年に対して、文明史を語り、鉄が火入れによって変容する過程を身をもって体験させ、物質にも物事にも、必ずいい面と悪い面があると語って聞かせた。

 そんな薫陶を受けた息子が、自分の素養や学術的好奇心のルーツである「父さん」に、我が見立てを聞いてもらいたいと願ったのも無理からぬことだろう。

 さて、2015年のギリシャ金融危機に際し、急進左派政権下で財務大臣に起用され、スキンヘッドと革ジャンという出で立ちで「政界のロックスター」とも「ナイトクラブの用心棒」とも言われた経済学者の主張はこうだ。

 2008年の金融危機で、米国、欧州、日本などグローバルノースの先進国の中央銀行は、紙幣を刷りまくり、市場にはカネが溢れた。これはバルファキスに言わせれば「金融業界のための社会主義」。しかし設備投資など前向きな目的でカネを借りようとする企業はなく、カネ余りで金利はゼロやマイナスの域にまで落ちる。

 その恩恵を受けたのが、ジェフ・ベゾスやイーロン・マスクのような新興起業家達だった。彼らはサーバーファーム、光ファイバーケーブル、人工知能研究所、巨大な倉庫、ソフトウェア開発、有能なエンジニア、有望なスタートアップなどに調達したカネを注ぎ込む。

 こうして雲の上に、巨大なテクノ領土が誕生する。そこでは、資本主義のエンジンとなってきた余剰価値(利潤)を追求する必要はない。クラウド領主は領地を小作農(サードパーティ開発者)に貸し、地代を徴収すればいい。ピンハネもできる。

 スティーブ・ジョブスは自社で開発したソフトウェアをサードパーティに自由に使わせ、彼らが開発したアプリをアップルストアで売ると、そこから代金の一定割合をピンハネした。このやり方をグーグルも真似た。ノキアやブラックベリーは出遅れた。いまさら自分達のために開発してくれるサードパーティなどいなかったのだ。

 こうしてクラウド上の土地をレントする者はクラウド封臣(ほうしん/土地を介して繋がる関係)となり、クラウド封臣のもとで働く者はクラウド・プロレタリアートとなり、個人情報を搾取されているとも自覚せず、アルゴリズムに突き動かされて生活する者はクラウド農奴となる。

 クラウド領主はなにもしなくていい。領地はクラウド封臣やクラウド農奴が勝手に耕してくれる。コロナ禍での巣ごもり需要が、クラウド農奴をさらに増やした。

資本主義は死んだ。デジタル経済を〈コモン〉に転換するには?

 利潤がその生命線だった資本主義は死んだ、(期待された)ポスト資本主義は中世の封建制に先祖返りし、雲の上で装いもあらたにテクノ封建制になった、というのがバルファキスの見立てである。

 2026年2月頭に発表されたAmazonの2025年10~12月期決算を見ると、驚くばかりだ。売上高は前年同期比14%増、純利益は6%増。売上高を日本円に換算すると約33兆4400億円。四半期でこうだもの。年間売り上げは、単細胞の計算で4を掛けると、わ! 日本の一般会計予算の約115兆円を超えているではないですか!

 しかし景気のいい話ばかりではない。前後してジェフ・ベゾスは、2013年に買収した米国の名門紙「ワシントン・ポスト」の心臓部に手を入れた(ニュース部門記者の大量解雇)。当初こそ紙の電子化に成功したものの、トランプにすり寄り、大量の読者離れを招いたツケをこんな悪手で支払ったのだ。

 メディアのニュースも商品だが、商品の背景が違う。ニュースには権力監視という目的がある。Amazon帝国の大領主様であるベゾスは、監視機能を失ったニュースでも商品として流通するとでも考えたのだろうか?

 話を元に戻そう。本書の巻末で、解説の斎藤幸平さんが指摘している。自前のプラットフォームを持たない日本では、DXが進めば進むほど富は米国に流出していく。日本国民は「アメリカのデジタル帝国の荘園を耕すクラウド農奴」であると。

 しかし斉藤さんは「テクノ封建制」という名付けには、やんわり異を唱える。封建制と言われると、なにか脱出しなければならないもののように感じるが、我らは恩恵も享受もしている。

 考えるべきは「規制をしないまま私企業に管理や開発を委ねることは許されるべきではない」こと、「デジタル経済を〈コモン〉(公共財の問題)に転換するにはどうしたらいいかを真剣に考えること」。野放図な独占と、公共財の位置づけの問題である。

「クラウド資本は僕らの脳内資産を奪い取る」と、ビッグテック時代の新手の搾取の構造に向かっ腹を立てるバルファキスは、本書を懐かしくも、今となってはその意気軒昂ぶりがちょっと気恥ずかしくなるアジテーションで結ぶ。

「万国のクラウドの農奴よ、クラウド・プロレタリアートよ、クラウド封臣よ、団結せよ! 心の鎖以外失うものはなにもない!」。これが映像作品なら、19世紀末から歌い継がれてきた革命労働歌「インターナショナル」の勇壮なメロディが轟き渡るところだ。しかし私はこの稿を、勇ましさよりも想像上の微笑ましさで終えたいと思う。

 早稲田大学の文学部には、一般名詞のスロープが固有名詞になった傾斜路がある。「じゃあ後で、スロープでね」という風に使う。数十年も前、そのスロープで「今から歌います!」と宣言して、美声を響かせていた名門混声合唱クラブの女子がいた(目撃者談)。曲は「インターナショナル」、歌っていた女子は若き日の“たむとも”、今は日本共産党初の女性委員長として知られる田村智子さんだ。

 2月8日が投開票日だった衆院選の結果を受け、右の暴走地図がはっきり見えた気がする今、ヤニス・バルファキスとたむともが和訳の歌詞にあるように、「腕(かいな)結」んでインターナショナルを歌っているところなんて、ちょっと見てみたくないですか?


※「概要」は出版社公式サイトほかから抜粋
※情報は記事公開時点(2026年2月24日現在)