JBpressオートグラフ編集長・鈴木は、とある重要なミッションを受けて佐賀県に行くことになった、と福岡の盟友に話をしたところ「だったらその前に宮崎県に来て欲しい」。手元には羽田ー宮崎間のチケット。宮崎ブーゲンビリア空港から霧島のキノコ職人のもとへ。実はこの古川喜一朗さんが作る「黒アワビ茸」というキノコ、以前食べた時にその食感にだいぶびっくりした記憶がある。お話を聞いたところ、まさに孤高のキノコ職人と称したくなる人物だったのだけれど、奥様の存在がかなり大きいので、この人物は孤高のようで孤高ではない、キノコ一筋の職人だ。

キノコヘッド誕生
宮崎県と鹿児島県にまたがる霧島山から東に20kmほど。霧島山に由来する名水を宿す小林市に有限会社 玉光園はある。主にエノキを作っている会社だ。代表取締役の古川喜一朗さんは2代目で、もともとは左官だったお父さんが、1985年に親戚の誘いで左官業を辞めてエノキ作りをはじめたことが玉光園の興りだという。厳密な菌の管理が求められるエノキ栽培は雑菌に種菌がやられてしまうことがあり、リスクヘッジのために一箇所に複数の栽培者がいたほうがいいというのがそもそもだったそうだ。
喜一朗さんは当時小学2年生。二人の姉がいて、学校に行く前に長女と喜一朗さんが家業を手伝い、次女が朝食を用意するのが日常。中学生になると体格的ハンデもなくなり、大人の女性以上に働けた、夏休みや冬休みはみんなと一緒にキノコ作りに精を出した、と誇らしそうに言う。

高校を卒業すると実家を離れて福岡の専門学校へ。そこで培養を学び、知り合った博子さんを連れて帰って家業を継いだのだそうだ。
そんな人生だから、2代目として家業を継ぐことも本人にはごく自然な流れだった様子。とはいえ、たまにはキノコがイヤになったり、疑問を感じたりすることはないのか?
「雑菌がひろがると嫌になりましたね。朝、工場に来てみらたキノコの状態が悪い。それで、なんでだろうと考えて、対処をしても、結果が出るまで1カ月はかかるでしょう。それで解決しなかったら、自分が間違っていたということで、また1カ月。その間は収入がなくなる」

と自分ではなくキノコの話をするのだった。大体、この発言のきっかけは、喜一朗さんがあんまりキノコの話ばかりするから、もう少し喜一朗さんの人となりを知りたい、とおもって私が会話を誘導しようとした結果なのだけれど、喜一朗さんはちょっと引っ張ったくらいでは、すぐキノコ話に戻ってしまう。

ひとつのことばかり考えている人を英語で◯◯ヘッドというけれど、喜一朗さんはキノコヘッドだな?とおもって喜一朗さんが席を立ったところで、現在は喜一朗さんの伴侶である博子さんに、喜一朗さんは昔からあんななんですか? とたずねてみたら、少しうーんと考えて
「知り合った頃からあんなですね。エノキ作りって年末年始はとても忙しいって、私もここに来てよく分かったんですが、付き合って最初のクリスマスも仕事があるからって宮崎に帰っちゃって」
結婚してからも、仕事を教えてもらおうとついてくる博子さんに
「うるさい。菌が舞うから喋るなって」
と、そんな話をしているときに喜一朗さんが戻ってきて
「人間の口のなかって雑菌が多いんですよ。菌床に種がつくまでは特に気をつけないといけないんです」

とキラキラした目で話すのだった。ステキな関係のふたりだな、と素直におもった。
キノコのビスポーク
さてその玉光園が注目の理由は「黒アワビ茸」という聞き慣れないキノコで名店の料理人たちから「玉光園の黒アワビ茸はスゴい」と評価されているあたりにある。スゴい理由は、本来、食感を求めると小ぶりになり、大ぶりにすると食感や香りが失われやすいこのキノコを、大ぶりでありながら風味も濃厚に仕上げているあたりで、私が感動したのもコレ。うっかり食べても、え? なにコレ? となる。

喜一朗さんは
「宮崎といえば宮崎牛で、キノコはあくまで添え物。メインにはなれない。けれど、お肉やお魚の隣に並んだときに負けないくらいの存在感は出したい。キノコにしか出せないもので勝負したい」
と言うのだけれど、実際は今なお増えるビーガンのお客さんにメインディッシュとして提供されるほどのものなのだ。
玉光園は、この黒アワビ茸のほかに、シメジ、エリンギの飛び抜けた品質でも玄人から高く評価されている。
玉光園のシメジはまずその形が特徴的。一般のこんもりしたシメジと違って円柱型。

石づきにあたる部分を切れば一束すべて可食部となり、かつキノコの一本一本が太く長い上に風味も強いのだ。これは玉光園のメイン商材であるエノキで培った技術を応用したもので、一般的な栽培方法よりも長い時間と綿密な管理を要するという。
エリンギは、なにより食感がキモであるとして、あえて一般的なサイズよりもほんのちょっと小ぶりに仕上げることで、身が締まった歯ごたえの良さを実現している。これはグラムいくらで商売する場合は不利になるため、一般的には採用されない方法だそうだけれど、喜一朗さんに言わせれば、それではせっかくのエリンギが「ぐにゅぐにゅ」。さらに笠の部分を広げず、くるっと巻くように仕上げるのも独自性で、笠から風味が抜けないため香りもよい。

いずれも市場出荷はしてない。市場的に言えば、これらは規格外品だ。
「この価値を理解してくださる、顔の見えるお客さまにしか売っていないし、急に欲しいと言われても待っていただくしかない。こういうキノコは、それぞれのお客さまに合わせて作っているもので、ご迷惑はかけられないので」
ということは、ウチではこの時期にこんなエリンギが欲しいんですと、喜一朗さんとお話して、喜一朗さんがうんと言えば、自分専用のスペシャルエリンギが届くということ? Made to orderあるいはBespoken。そんな世界がキノコにあるとは!