大谷 達也:自動車ライター

992型と911カレラの伝統

 私がポルシェ911を継続的に取材するようになったのは、まだタイプ997が現役だった2010年ごろのこと。したがって15年ほどのキャリアしかなく、自動車メディア業界に君臨するポルシェ・スペシャリストたちの足下にも及ばないのだけれど、その2世代後にあたるタイプ992には少しばかり思うところがあった。

 タイプ992は2018年にワールドプレミア。2024年にはそのマイナーチェンジ版の通称「タイプ992.2」が発表された。つまり、ポルシェ911の現行世代がタイプ992なのである。

試乗車は豊富なオプションを装備している。リアウイングはエアロキットの一部

 けれども、デビュー当時のタイプ992は、私が知る911とは少しキャラクターが異なっているように思えた。

 いや、「911のキャラクター」はひとことで説明できるほど簡単なものではない。なにしろ、もっともベーシックな911カレラからもっとも高性能でスポーティな911GT3 RS、そして高性能だけれども快適性も同時に追求した911ターボSに至るまで、実に幅広いモデルが設定されている点にこそ、911の最大の特徴があるからだ。

 ただし、それぞれのモデルの位置づけについては、モデルチェンジを行っても大きくは変えないルールというか法則があるように捉えていた。

 たとえば911カレラは、エンジン出力は相対的に低いものの、このエンジン・パフォーマンスに見合ったソフトめのサスペンションを装備。このため、911のなかではハンドリングがもっとも穏やかながら、ボディーの姿勢変化が比較的大きいことからステアリング特性を掴みやすく、また快適性も優れているという特徴を備えていた。

 これがカレラS、GT3、GT3 RSとグレードが上がっていくにつれてエンジン出力が向上。これとともに、足回りは次第にハードになることでステアリングのレスポンスが鋭くなり、それと同時にコーナリグ性能も高まっていくという変化を見せる。

 もっとも、コーナリングの高性能化は必ずしもポジティブなことばかりとは限らず、足回りが硬くなることで快適な乗り心地が損なわれたり、ブレーキングやコーナリングに伴うボディーの姿勢変化が小さくなることでビギナーにはクルマの状態が読みにくくなるという側面もあった。

 こうした法則がタイプ992ではがらりと変わり、カレラからGT3 RSに至るまで、さらにいえばこのラインとは一線を画して「高性能だけれど快適性も高い」位置づけだったカレラGTSやターボ系も軒並み高性能を目指すようになった印象で、「快適性が高いうえにクルマの挙動がわかりやすい」911カレラを愛して止まなかった私は軽い落胆を味わったことを思い出す。