アルチンボルドは皇帝や宮廷の人々を喜ばせるために、側近たちをユーモラスに描いています。また、一見静物や皿に乗った料理に見える絵を逆さまにすると、人物が現れる「逆さ絵」など、楽しいイリュージョンを見せてくれました。
文=田中久美子 取材協力=春燈社(小西眞由美)
《司書》 制作年不詳 油彩・カンヴァス 97×71cm ウプサラ、スコークロステル城
実在の人物を「寄せ絵」で表現
アルチンボルドは実在した皇帝の側近を、その人物の職業に関連する寄せ絵で描いた肖像画を残しています。
たくさんの本で人物を表現しているのが《司書》(制作年不詳)です。1621年の目録に記されているのですが、ほかの作品に比べ芸術的な水準が劣るということで、オリジナルのコピーである可能性も指摘されています。
描かれている人物は教養のある収集家であり科学者のヴォルフガング・ラツィウスだとされています。マクシミリアン2世のクンストカンマー(珍品を集めた部屋)の責任者で、たくさんの本を収集して図書館も築きました。本もたくさん書いた人物ですが、独りよがりでうぬぼれが強く、周囲の嘲笑の的だったことからアルチンボルドは彼をモデルに選んだようです。
《法律家》1566年 油彩・カンヴァス 64×51cm ストックホルム国立美術館
《法律家》はフランス出身の宗教学者ジャン・カルヴァンを風刺的に描いた肖像画だとして公表されましたが、1957年、16世紀のイタリアの芸術家であり美術評論家のジョヴァンニ・パオロ・ロマッツォと、ロマッツォと同時期の人文学者であり詩人のグレゴリオ・コマニーニが、この絵について言及している記録が見つかったことによって、神聖ローマ皇帝一族の財務顧問を務めていたヨハン・ウルリヒ・ツァジウスだということが明らかになりました。
ロマッツォは「鼻は鳥、顎はマスといった具合に、顔のほかの要素も異種の畜類から成り立っている」と書き記し、コマニーニは「皇帝の命を受けて描いた肖像画はある学者を嘲笑するもので、顔は梅毒に蝕まれてとてもひどかったので、画家は顔を食肉と揚げた魚で構成した。誰が見ても一目でその法律家とわかった」と書き記していたのです。
また、画中の2冊の本には中世の法学者であるアンドレアス・デ・イゼルニアを表す「ISERNIA」と、バルトロス・ダ・サッソフェッラートを表す「BARTHO」とそれぞれ書かれていることから、この人物が法学者であることがわかります。
敵も多かったというツァジウスを風刺たっぷりに描いた肖像画は、皇帝を十分に楽しませたと、コマニーニは書き残しています。
ちなみに寄せ絵はルネサンス期にも先例がありました。日本でも歌川国芳が人間の体で顔を表現しています。江戸末期の浮世絵師たちは西洋画の影響を受けていました。そして国芳は西洋画の研究をしていたことがわかっています。また国芳は西洋の銅版画を数百枚所有し、西洋画を習いたいと言っていたそうです。ですから、鎖国時代の江戸にアルチンボルドの絵が伝わっていて、それを国芳が見た可能性もあります。
アルチンボルドの奇想の作品が、江戸の絵師たちに影響を与えたとなると、より一層、アルチンボルドの作品を楽しめるのではないでしょうか。
歌川国芳《みかけハコハゐがとんだいゝ人だ》 江戸時代 大判錦絵 37×25.5cm 東京国立博物館 出典:ColBase
