アルチンボルドは春・夏・秋・冬という四つの季節と、世界を構成すると考えられていた大気・火・大地・水という四つの元素を、草花や果物、動物などのモティーフを組み合わせた「寄せ絵」で表現しました。これらは奇天烈で奇妙な作品とみられがちですが、実は皇帝に愛されたのも納得できる、知的で洗練された芸術でした。

文=田中久美子 取材協力=春燈社(小西眞由美)

《水》 1566年 油彩・板 66.5×50.5cm ウィーン美術史美術館

連作「四季」は四季折々の植物で構成された人物像

 アルチンボルドはミラノからウィーンに移った翌年の1563年には、代表作となる「四季」に着手したとされています。そして1569年には「四大元素」とともにマクシミリアン2世に献上されました(第1回参照)。

 これらの絵はみな、実在する動植物や人工物などのモティーフを合成するという手法で描かれた擬人像です。たとえば「四大元素」の《水》では、たくさんの魚やカニ、エビ、タコ、貝、ヒトデ、カメ、アザラシなどさまざまな海の生物で埋め尽くされ、これらの生物が人間の頭部を表現しています。人物の口はサメ、鼻は大ウナギの頭といったように、怪異な風貌の人物となっているのです。

 このような奇想天外な絵であるにも関わらず、個々の生物が目を見開いていることと、縮尺が変えられている以外、正確で緻密な描写です。ここにアルチンボルドの写実性と、幻想的で超現実性(シュルレアリスム)という、最大の特徴があります。

 写実性についてはアルチンボルドが仕えた皇帝たちが珍奇な動植物に興味を持ち、それらを集めて写実的に描くことを画家に求めたことも影響していると思われます。

「四季」の連作は一部消失していますが、4組が現存しています。第2回で紹介したミラノ時代に描かれたとされるもの、1563年にマクシミリアン2世に献上されたもの、そしてそのヴァージョンでデンバー美術館(《秋》1572年制作)と、ルーヴル美術館(1573年制作)が所蔵しているものです。ルーヴル美術館には「四季」4点が揃っています。ザクセン選帝侯に贈られたもので、《冬》のマントに交差した剣が描かれた盾があり、これはザクセン選帝侯の紋章です。

 ここでは1563年に制作された連作で解説しましょう。ただし《秋》は消失しているので、オリジナルに最も近いとされるデンバーの美術館の《秋》(1572年)を例にします。この1572年に制作された連作は、のちにフェリペ2世への贈り物としてスペインに贈られたと推測されています。

《春》1563年 油彩・板 66×50cm マドリード、サンフェルナンド王立美術アカデミー

《春》ではアルチンボルドの作品の中で一番多い80種類もの植物が描かれ、頭部を花々、胸を草葉で繊細に表現しています。

《夏》1563年 油彩・板 67×50.8cm ウィーン美術史美術館

《夏》では果物と野菜を使って人物を表現しています。インド産のナスや、新大陸からもたらされたトウモロコシなど当時珍しい野菜が描かれています。また、襟元には署名が、肩には「1563」という制作年が見えます。

《秋》1572年 油彩・カンヴァス 91.4×70.2cm デンバー美術館

 前述したように《秋》のオリジナルは失われてしまいました。ブドウとワイン樽を思わせる身体は酒の神様バッカスを想起させます。

《冬》1563年 油彩・板 66.6×50.5cm ウィーン美術史美術館

《冬》には右下に署名が見えます。コブの多い切り株で顔を、絡み合った枝とツタで頭部が表現されています。胸元にはレモンがふたつ飛び出していることでこの絵全体に活力を与えています。前回紹介したレオナルド・ダ・ヴィンチのグロテスクな頭部の影響がみられる作品です。

 藁で編んだマントにはマクシミリアン2世のイニシアルである「M」という文字、ハプスブルク家が継承した金羊毛騎士団の象徴である火打金(火打ち石と打ち合わせて火を起こす鉄の道具)が見えることから、金羊毛騎士団から受勲を受けたマクシミリアン2世の肖像画であることがわかります。マクシミリアン2世にゆかりがあるモティーフを描き入れることで、新しい皇帝を賛えているのです。また、冬は皇帝を表す季節で、神聖ローマ帝国の皇帝を冬に喩えるのは、1年は冬から始まると考えていた古代ローマ人の習慣でした。

 近年、ミラノ出身のアルチンボルドの協力者で、人文主義者として助言を与えていたとされるジョヴァンニ・バプティスタ・フォンテオ(第1回参照)によって書かれた多くの文献が発見されました。そこには「四季」と「四大元素」が皇帝のための絵画を意図していたことが伝わる記述が多くありました。

 また、「四季」に描かれている擬人像には性別があることもわかりました。ラテン語やイタリア語において、春と夏は女性名詞、秋と冬は男性名詞なので、この連作の《春》と《夏》は女性、《秋》と《冬》は男性という性別で描いたと考えられます。また、春夏秋冬をそれぞれ幼年期、青年期、壮年期、老年期に重ね合わせて表現しているともいわれています。

 このように4つの季節折々の植物を写実的に描いて肖像画にした「四季」は、人を驚かせるための単なる奇想の作品ではなく、象徴的な寓意を含んだ芸術作品なのでした。