観る者に笑いと驚きを与えた「逆さ絵」

 完璧な絵を上下ひっくり返すと、全く違う絵が現れる——アルチンボルドが描く「逆さ絵」は、とても洗練されています。《庭師/野菜》では、自然主義的な静物画として眺めていたところに、野菜の入ったたらいを180度回転させるとヘルメットをかぶった人物の顔になり、観る者に笑いと驚きを与えます。

《庭師/野菜》 制作年不詳 油彩・板 35.8×24.2cm クレモナ市立美術館

 目はヘーゼルナッツ、鼻はラディッシュ、頬はタマネギやカブ、キノコは唇です。マクシミリアン2世のコレクションにはこのほか、花が生けられた花瓶を逆さにすると滑稽な顔になる作品もあることが記されています。この《庭師/野菜》はミラノの戻った1587年以降の作品であるとみられています。

《コック/肉》 制作年不詳 油彩・板 52.5×41cm ストックホルム国立美術館

《コック/肉》では、金属製のお皿の上に乗っているローストした肉類、その上から両腕で蓋を被せようとしている様子が描かれています。これを180度回転させると、帽子を被った男性の顔が現れます。ローストされた鳥の頭と胴体は男性の目と鼻になっていて、レオナルドのグロテスクな頭部の男性たちのように、不気味な笑いを浮かべています。

 皇帝の家事を取り仕切り、食事や給仕を管理していた実在する人物の肖像かもしれません。

 このような「逆さ絵」は「だまし絵=トロンプ・ルイエ)」のひとつとして古くから人気がありました。日本でも江戸時代、「上下絵」と呼ばれ、歌川国芳も描いていました。

歌川国芳《両面相 だるま とくさかり 伊久 げどふ》1847-48年

《コック/肉》について、アルチンボルドの真作を疑う研究者もいますが、近年の調査により疑う理由はないとされました。

 このような遊びに満ちた絵も、皇帝や宮廷の人々を喜ばせるためのものでした。アルチンボルドはその才能と生涯をすべてオーストリア・ハプスブルク家に捧げたといって良いでしょう。まさに「王の画家」の称号に相応しい画家だったのでした。

 

参考文献:『アルチンボルド展』カタログ シルヴィア・フェリーノ=パクデン、渡辺晋輔/責任編集 国立西洋美術館・NHK・NHKプロモーション・朝日新聞社/発行
『綺想の帝国−−ルドルフ2世をめぐる美術と科学』トマス・D・カウフマン/著 斉藤栄一/訳 工作社
『西洋美術の歴史5ルネサンスⅡ 北方の覚醒、自意識と自然表現』秋山聰・小佐野重利・北澤洋子・小池寿子・小林典子/著 中央公論新社
『名画への旅10 北方ルネサンスⅡ 美はアルプスを越えて』木村重信・高階秀爾・樺山紘一/監修 高橋裕子・小池寿子・高橋達史・岩井瑞枝・樺山紘一/著 講談社
タッシェン・ニュー・ベーシック・アート・シリーズ『ジュゼッペ・アルチンボルド』ヴェルナー・クリ―ゲスコルテ/著 タッシェン・ジャパン
『アルチンボルド アートコレクション』リアナ・デ・ジローラミ・チーニー/著 笹山 裕子/翻訳 グラフィック社
『表象の迷宮 マニエリスムからモダニズムへ』谷川渥/著 ありな書房
『美術論集 アルチンボルドからポップ・アートまで』ロラン・バルト/著 沢崎浩平/訳 みすず書房
『名画の読解力 教養のある人は西洋美術のどこを楽しんでいるのか!?』田中久美子/監修 エムディエヌコーポレーション
TJ MOOK『奇想の宮廷画家 アルチンボルドの世界 ハプスブルク家に愛された「だまし絵」の名手』大友義博/監修 宝島社
『芸術新潮』2017年7月号 新潮社