文・撮影=中野香織
4階のレセプションを降りると現れる、アートと日本庭園、名古屋城天守
エスパシオ ナゴヤキャッスルという実験
名古屋の文化を語るとき、「京都の雅」「東京の粋」と比べられることが多い。しかし、実際にこの地を歩いてみると、二都どちらにも収まらない第三の美意識が、地下水脈のように脈打っていることに気づく。武家文化の剛と、産業都市の胆力。黄金を好む華やぎと、財界が育ててきた迎賓の矜持。そして、外来文化を驚くほど大胆に吸収してしまう柔らかさ。名古屋のラグジュアリーはその全てが混じり合い、結果、既存のカテゴリーでは説明しきれないユニークで複合的な美の迫力を備えている。
こうした磁場の中心に立つのが、今年開業したエスパシオ ナゴヤキャッスルである。名古屋城天守とほぼ視線の高さで向き合い、ゲストルームのバスルームさえ天守を額縁のように切り取る。「城下町のホテル」ではなく、もはや「城と一体化したホテル」でさえある。この立地の強度だけでも、すでに世界基準の比較が意味を失う。
中庭側から臨むホテル
ホテルに足を踏み入れると、迎えてくれるのは名古屋三英傑の甲冑である。織田信長、豊臣秀吉、そして徳川家康。心拍数が上がる。武家文化の象徴を直球で投げ込まれ、「ここは京都のように袖で魅せる場所ではない、甲冑の胸板で語る土地なのだ」と知らされる瞬間でもある。
名古屋の三英傑の甲冑が迎えてくれる
「突き抜けた」表現としてのアート
総支配人の想田由二氏は、名古屋のホテル文化をこう捉える。
「東京はグローバル。京都はどのホテルも似てしまいがちです。名古屋はローカルを突き抜けた個性を許してくれる土地。過剰と言われても、突出すればむしろ肯定的に受容されます」
実際、館内のアートは圧巻を通り越して、感覚が麻痺するレベルである。斉藤上太郎による壁面に躍る龍、菅原健彦のダイナミックな日本画、千田長右衛門の唐紙アート、久住有生の左官アート、富山の井波彫刻などなど、総勢50名以上の作家の傑作が咲き誇る。
1階のあらゆる平面が豪華なアートで埋め尽くされる
ホテルが既存の作品を買い集めたのではない。なんと大部分がこのホテルのためだけに作家たちが制作した作品であると聞いてさらに驚愕する。ホテルがアーチストのパトロンの役割も果たしているのだ。これは「美術品を飾るホテル」ではない。「ホテルそのものを美術館として成立させる」という、ローカルラグジュアリーの新しい到達点だろう。
回廊の両側にも美術品がずらりと並ぶ
しかもアートの多くは額装されず、ガラスもない。触れられる距離で息づいている。距離感ゼロで、作家の筆致がダイレクトに感じられ、作品から放たれる光が肌に触れるかのように迫ってくる。これこそ体験を超えた、身体的学びとしてのラグジュアリーである。
アートがいたるところにガラスもなく贅沢に飾られ、空間を異次元に高めている
