取材・文=中野香織

高度資本主義のもとに発展したヨーロッパを中心とするラグジュアリービジネスが、大きな転換点を迎えている。新しいラグジュアリー観が模索される中、世界から熱い注目を浴びているのが、日本の静かな豊かさである。
では、日本のラグジュアリーとはどのようなものなのか? 日本にその概念が入ってきたのが1970年代と歴史が浅いこともあり、ヨーロッパ的な定義のみを基準にして語るとどこかで無理が生じる。ただ、その概念に近い知覚は日本の歴史を通して存在する。それを現代の日本のラグジュアリーの知覚として言葉にすることを試みたい。
香水を通して日本の美意識を伝える「パルファン サトリ」の調香師である大沢さとり氏、「和」を意識したオーダーメイドパフュームを手がける「リベルタパフューム」の山根大輝氏とともに、日本のラグジュアリーとは何かをテーマに鼎談をおこなった。
日本的なラグジュアリーとは?
中野 現代のラグジュアリービジネスの中で扱われる香水は、全部が全部というわけではありませんが、「稀少性の大量供給」という矛盾に行き詰っています。同じ香りが空港の免税店に山積みされる光景、セレブリティを使った大量の広告には、幻想の崩壊に近いものを感じます。対照的に、日本文化が育んだ香りの贅沢は「目に見えない価値」を愛でる営みでもありました。そのような文化を継承して日本発の香りのビジネスを手掛けるおふたりに、日本のラグジュアリーについてのお考えや日本発の香水の未来についてお話を伺います。
大沢さとりさんは2000年にブランドを創業され、茶道・華道・香道といった伝統文化や日本の自然観を香りに込めてこられました。化粧品やファッションを本業とするブランドが多い中で、香水を専門とするブランドとして独立を保ち続けている点でも、極めて稀有な存在です。
山根大輝さんの創業は2019年で、日本的な感性を主軸にしたオーダーメイドの香水を手がけていらっしゃいます。まず、いきなり冒頭からですが、お二人が考えるラグジュアリーとは?
大沢 西洋の香りが自己表現の手段として個を強調するのに対し、日本の香りは「場」との調和を大切にします。最新作〈WABISUKE〉は、茶室に飾られる椿の一種をモチーフに、控えめでありながら凛とした存在感を目指しました。香りは単独で主張するのではなく、空間や人の動きのなかでふわりと寄り添うように漂う──その静けさの中に、私たちは新しいラグジュアリーの可能性を見出しています。
山根 私たちはプロダクトもさることながら、プロセスを価値あるものにしたいと考えています。宇宙飛行士より少ないと言われる調香師と対話しながら、原料に触れ、変化を味わう。複数回にわたる試作・対話を重ねるのですが、そのプロセスこそがラグジュアリーだと考えています。所有より「知る・体験する」喜びを提供したいのです。
中野 さとりさんの場との調和を大切にする感覚はまさに日本的で、個の主張が強い西洋の香水とは対照的ですね。山根さんの考え方においては、香りは所有物ではなく、むしろ体験と記憶の器になります。