日本の香りは何が違うのか?
中目黒にあるリベルタパフューム。アトリエと製造所を兼ねたラボパフューマリー
中野 それぞれのラグジュアリー観を反映する香水は、西洋の香水と比べ、どのような特徴があるのでしょう?
大沢 西洋では「永続こそが芸術」という価値観がありますが、日本は一期一会や「はかなさ」を尊びます。この考え方は、香りがもつ瞬間の芸術性と深く結びついています。西洋の香水が強く拡散するように香るのに対し、日本の香りは控えめで、身体の周囲に柔らかくとどまります。香りは自己主張より調和や情緒を重んじ、場を整えるためのもの。これは香道にも通じる考え方で、「香りを聞く」という表現が象徴的です。
山根 たとえば私たちの「レインブロッサム」は、香りのない紫陽花をテーマに、雨音や濡れた苔、山門を抜ける線香の気配まで重ねました。ちょっと雑なたとえですが、料理でいえばフレンチのように複雑に煮込んで素材が全て溶けあってわからなくなるという設計ではなく、和食的に素材を活かす設計にしています。
中野 どこまで行けるかを競う西洋流に対し、どこで留まるかを考えるのは極めて日本的ですね。また、山根さんの料理の喩えは面白い。味覚と嗅覚はつながっていますものね。言われてみればアメリカ流はステーキのように単体のいい素材で勝負するイメージです。
価格を超える「物語」の設計
「香りの文化使節」として、日本の伝統と精神を伝える茶壷型香水。パルファン サトリを象徴する作品
中野 ラグジュアリー市場に出ていこうというとき、価格がひとつの課題になってきます。日本人は原価を基準に値付けしがちですが、ラグジュアリーは物語や憧れなどの数値化できない価値を提供することで価格を超える価値をつけています。香料原料そのもののコストは製品価格全体に比べればごく一部にすぎないため、価格設定が難しい世界ですが、お二人はどのように価値を設計していますか?
大沢 私たちは、商品としての液体を売っているのではなく、「物語と伝統」を届けたいと考えています。2006年に発表した『茶壷の香水』は、有田焼、組みひも、桐箱など、日本各地の伝統工芸の職人さんと協力し、「道(どう)」の文化──茶道、香道、華道──を香水という形で表現しました。価格に対して納得感を持っていただくためには、単なる香りのよさ以上に、背後に流れる時間、手仕事、そして精神性を感じ取っていただくことが不可欠だと考えています。香りという目に見えない存在を通じて、日本の美意識や奥行きを世界に届けること。これこそが、私たちが提供できるラグジュアリーだと信じています
山根 原価では捉えきれない価値こそ、私たちが提供したい本質です。顧客が調香師と時間を重ね、日本人の奥深い知的な感性に触れて帰ります。「抹茶の香り」「桜の香り」といった即物的な香りを求めて来店された方も、対話のなかで、その奥にある一期一会の思想や移ろいの美の哲学に触れて、二度目にはもっと奥深い哲学を知りたいと来店されます。その体験が口コミで広がり、いま来店客の半数以上が海外の方です。
中野 ほんのわずかな香りでも、その背後に広がる知識体験の濃度が無形の価値を形成しますね。世界の見方が変わるほどの視点、自分が変わると感じられるほどの知的な体験、これがラグジュアリーの付加価値になります。
