
品質向上に向けて歩みだしたフォルクスワーゲン
新生フォルクスワーゲンが、新たな一歩を踏み出したようだ。
フォルクスワーゲン・グループのトップがヘルベルト・ディースからポルシェ出身のオリバー・ブルーメにバトンタッチしたことをきっかけとして、内部改革や製品の品質向上に関する取り組みが精力的に行われてきたことは、Japan Innovation Reviewに寄稿した拙著で解説したとおり。そうした成果は、国内導入済みの新型ティグアン、新型パサート、マイナーチェンジを受けた現行型ゴルフでも体感できるが、先ごろ私がスペイン・バルセロ近郊で試乗してきたID.ポロは、ブルーメが右腕として信頼するフォルクスワーゲン・ブランドのトーマス・シェーファーがプロジェクトの最初から手がけた初の製品。それだけに、ブルーメ/シェーファー色がはっきりと表れているといって間違いない。
では、ID.ポロとは、いったいどんなクルマなのか。
ID.シリーズ初の前輪駆動が意味すること
まず、「ID.」はフォルクスワーゲンの新世代EVに与えられるシリーズ名で、ID.3、ID.4、ID.5、ID.5、ID.7、ID.Buzzの計6モデルがヨーロッパでは発売されている(そのほか、ID.6を中国で販売)。このうちID.4とID.Buzzは国内導入済みなので、ご存知の読者も少なくないだろう。
ただし、これまでのID.シリーズはいずれも後輪駆動もしくは4輪駆動だった。これに対してID.ポロは前輪駆動。これに伴い、使用するプラットフォームは従来のMEBからMEB+へと進化し、搭載されるモーターも最新鋭機種に置き換えられた。
ID.ポロのドライブシステム。ご覧のように後輪を駆動する機構はない
それにしても、自動車の駆動方式を前輪駆動から後輪駆動へ、もしくは後輪駆動から前輪駆動へと変更するのは、自動車メーカーにとって極めて異例なことである。日本国内では、1970年代から80年代にかけて主にコンパクトカークラスで後輪駆動から前輪駆動への見直しが行われたが、これはスペース効率の改善とコスト削減を目指したもの。エンジン、ギアボックス、補機類などを車体前方にまとめて搭載できる前輪駆動が、スペース効率の点でも生産効率の点でも優れていることは自明だろう。
そもそも、エンジン車の前輪駆動化を主導したのはフォルクスワーゲンだった。
“ビートル”の名で親しまれたフォルクスワーゲン・タイプ1の量産が始まったのは1945年。これはエンジンをボディー後方に搭載し、後輪を駆動する形式だった。フォルクスワーゲンは長らくこのタイプ1やその派生車種を作り続けてきたが、基本的にはいずれも後輪駆動で変わらなかった。それを前輪駆動へと一新したのは、1974年発売の初代ゴルフが最初。無論、それ以前にフロントエンジン前輪駆動のクルマがなかったわけではないが、世界中のコンパクトカーで幅広く前輪駆動が採用されるきっかけを作ったのがゴルフだったことは広く知られているとおり。いまや、フォルクスワーゲン=前輪駆動といっても過言ではないくらい、両者の結びつきは深かった。
「Golf I」と呼ばれる初代フォルクスワーゲン ゴルフ
それがなぜID.シリーズの投入とともに後輪駆動を採用したかといえば、それはEV特有の事情によるものだった。
EVでは、車体の床下に広くバッテリーを敷き詰めるレイアウトが一般的なことは周知のとおり。これは前輪駆動であろうと後輪駆動であろうと変わらない。ところで、エンジン車でもっとも重いコンポーネントはエンジンだが、EVの場合はこれがバッテリーとなる。その、いちばん重いコンポーネントが車体の床下一面に広がっていると、フロントにエンジンを積んだクルマに比べて、重心点が車体の後方へと移動するのは自明のことだろう。
フォルクスワーゲン ID.4のドライブトレインとバッテリー配置。バッテリーはフロントタイヤの後方、後輪のすぐそばまであるわけだから荷重は後ろに偏りがちになる
実は、この重心の位置と駆動輪の間には、切っても切れない関係がある。自動車でもっとも重要な性能は、第1にブレーキ、第2にトラクションであろう。トラクションとは、原動機が発生した駆動力を、どこまで路面に伝えられるかを示すもので、これが低いと、原動機にどんなにパワーがあっても駆動輪は空転するばかりで、クルマは前に進まない。トラクション性能がブレーキ性能に続いて重視される理由は、ここにある。
そして高いトラクション性能を得るうえで重要となるポイントのひとつが、駆動輪の位置と重心の位置を近づけること。そうすれば駆動輪にしっかりと荷重がかかり、高いトラクション性能を得られるからだ。エンジン車の場合、エンジンの搭載位置と駆動輪を近づけることが、その近道となる。
フロントエンジン前輪駆動も、ミドシップエンジン後輪駆動も、理屈はまったく同じ。フロントエンジン後輪駆動だけはこの原則から外れるが、それでもギリギリ成立しているのは、加速時には重心が後方に移動して後輪に荷重がかかりやすくなるから。従来のID.シリーズもこの原理を応用していたといえるだろう。
では、なぜID.ポロで前輪駆動に回帰したかといえば、それは初代ゴルフとまったく同じ理由。すなわち、スペース効率と生産効率が高いからだ。そしてコンパクトカーであればモーター出力も相対的に小さく、EVでも十分なトラクション性能を確保できると判断されたからだ。
ID.ポロ自体がコンパクトであり、そのドライブシステムもコンパクトだ
ちなみに同クラスのEVであるプジョーe208やミニ・エレクトリックも前輪駆動を採用している。
