日本酒の造り手12社が参加している一般社団法人刻SAKE協会が、常識で考えればあまり起こらないことをやって造った酒『刻の奏』シリーズをローンチした。第1弾となる2種類の『刻の奏』は12月20日(土)発売。それに先駆けて開催されたイベントで味わいを確かめてきた。
今回、発表された『刻の奏/月の桂』と『刻の奏/黒龍』。いずれもAssemblage(アッサンブラージュ)とラベルに書かれている
集結せよ!
酒の世界で「アッサンブラージュ」といえば、それはワイン造りの技法であり、特に有名なのはシャンパーニュのそれだ。現在は温暖化の影響で事情がちょっと異なるけれど、シャンパーニュ地方は歴史的に寒く、ブドウにとっては厳しい環境。9世紀には寒波でブドウ樹が全滅した、なんていう話を耳にしたこともある。そんな場所で安定して美味しいワインを造り続けるため、様々な産地、収穫年のブドウからワインを造って、それらをブレンドする。毎年の収益を安定させ、円滑にビジネスを成立させるために、そういう発想が生まれ、その技法が磨かれていった。
このように、出自の異なる酒をブレンドすることを酒の世界でアッサンブラージュと言う。
ところでアッサンブラージュはフランス語で、単語としては英語のアッセンブリーと同じ。そう考えると、私は、もうちょっと別のものも想像する。そう、あの記録的大ヒットを飛ばしたスーパーヒーロー映画だ。あの映画での「アッセンブル」というのは、それぞれに違う個性、能力を持った超人たちが力を合わせることを意味する。私はああいう集団ヒーローが好きだ。「集結せよ!」と聞くと胸が熱くなる。あの映画が世界中でヒットしたことを考えると「集結」に特別な感情を抱くのは私だけではないはずだ。
何の話かといえば、そういう熱いものを、この程発表された『刻の奏』という日本酒に感じたのだ。『刻の奏』はヒーロー集結! 熱いアッサンブラージュの日本酒だ。
公式の贅沢な遊び
日本酒を知る人ならすぐに「日本酒にだってアッサンブラージュはあるでしょう」と言って、いくつかの実例を挙げるに違いない。しかし『刻の奏』はあなたがいま想像したアッサンブラージュとは違う。私は日本酒よりはワインの方が詳しいけれど、ワインの世界でも公式に『刻の奏』のようなアッサンブラージュをした作品は思いつかない。
何が違うかといえば、アッサンブラージュというのは通常、ひとつの造り手が自分の手元にある酒をブレンドする。つまり造り手はひとつだ。ところが『刻の奏』は造り手にたちが集って、それぞれの日本酒をブレンドした、造り手が複数いるアッサンブラージュなのだ。
私は、こういう遊びをワインでしたことが一度ならずある。造り手も産地も年もまったく異なるワインをブレンドし、マイワインをグラスのなかで完成させるのだ。あなたもやったこと、あるだろうか?『刻の奏』は、それを造り手たちが公式に、本気でやったらどうなるか?という日本酒だ。
これを仕掛けた「刻SAKE協会」という団体は、実はこれまでも別々の蔵の日本酒をブレンドした日本酒を販売してきた。ただ、2020年に登場した『刻の調べ』は202万円で20セット限定、続く『刻の奏』は88万円で120セット限定。しかもこれらはこんなに高いのに即完売という状態だったため、そうおいそれと味わえるものではなかった。これを一気に民主化したのが、12月20日(土)から販売がはじまる、新しい『刻の奏』シリーズだ。
シリーズ第1弾として2種類発売となり両者とも黒のボックス入り
シリーズ第1弾は2種類。『刻の奏/月の桂』はその名の通り、京都・伏見の名門「増田德兵衛商店」の銘酒『月の桂』をベースに、山形の『出羽桜』、秋田の『天寿』、岩手の『南部美人』をブレンドしたもの。もうひとつの『刻の奏/黒龍』は、福井の名門『黒龍』の酒に新潟の『八海山』、千葉・木戸泉酒造の『AFS』をブレンドしたものだ。
こちらは『刻の奏/月の桂』のラベル。ブレンドされている酒蔵のロゴが併記されている
さらに、このブレンドの背後には顧問として『響』『山崎』などで知られるジャパニーズウイスキー界のレジェンド 輿水 精一さんがついている。
顧問としてこの企画に参加しているサントリー 名誉チーフブレンダー 輿水精一氏。日本でブレンドと言って、この人物より説得力がある存在はそうそういないだろう。今回の発表イベントにも登壇し『刻の奏』を解説した
ほら、これをヒーロー集結にたとえてもそんなにおかしくないでしょう?
なぜ実現したのか?
なんでこんな日本酒が生まれたのかといえば、それは「刻SAKE協会」の活動に理由がある。この協会には現在、先程名前を挙げた、月の桂、黒龍、出羽桜、天寿、南部美人、八海山、木戸泉のほか、『東力士』の島崎酒造、『水芭蕉』の永井酒造、『満寿泉』の桝田酒造店、『七賢』の山梨銘醸、『三井の寿』のみいの寿の12蔵が参加していて、彼らが集まった際に「うちの酒におたくの酒を混ぜると面白い酒になる」と、実験というか、言ってしまえば遊んでいたそうなのだ。そこから、これを突き詰めて商品化できないか、という話に発展したという。
もうひとつ言っておかないといけないのは「刻SAKE協会」は熟成日本酒を広めていこうとしている団体であり、『刻の奏』に使われている酒は新酒ではないということ。今回、第1弾として月の桂ベース、黒龍ベースの2種を同時発売したのも、月の桂の熟成酒は常温熟成、黒龍は低温熟成と熟成スタイルが明確に異なるから。熟成年月やブレンド比率は公開されていないけれど、3年から10年くらいの熟成酒のブレンド、そしてベースとなる蔵の日本酒が1種類50%以上は使われている、というところは共通だそうだ。
いざ、テイスティング! ご覧のように液体の色はちょっと濃い白ワイン程度
その味わいは?
さて、このほど発売に先駆けて行われたテイスティングイベントで実際にテイスティングできたので、この『刻の奏』はどんなものだったか?なのだけれど、まず両者ともクセが強くて飲みにくい、というようなことはまったくないことを伝えたい。もし、古酒と聞いて身構えるようならば、それは杞憂だから安心してほしい。
『刻の奏』に共通するのは複数蔵の酒、しかも古酒をブレンドという多様性が実現した複雑性。そこが一般的にイメージされる日本酒との大きな差異だ。
一方で、多様な要素が馴染んでいない、チグハグ、といった印象はなく、ブレンド後にしばらく寝かせて落ち着かせたような印象は熟成酒っぽい。つまりいい酒として安心して飲んでいいということだ。
そのうえでもうちょっと具体的にそれぞれの酒の話をすると『刻の奏/月の桂』は香り立ちが華やかで、米の印象がしっかりある。かつアルコール臭とは違った揮発性の高い酒のような香りが感じられる。味わいは熟成された日本酒ゆえなのだろう、しっかりした旨味からはじまり、その旨味に酸味とピリっとした辛い印象が後から拮抗してくる。長い余韻があり、そこには日本酒にこう言うのもやや変だけれど、甘み、酸味、旨味だけでなく、塩味やミネラル感も感じられる。かなり色々な味覚と相性が良さそうな、グルマンな印象だ。
輿水氏によると、スパイス的に効いている揮発性の高い酒のような香りの起源は、テキーラ樽で熟成した月の桂が少量加わっているからではないか、とのこと。果実感には出羽桜、酸味には南部美人、奥行き感には天寿の役割が考えられるそう。
このブレンドの中核となった月の桂の14代目、増田徳兵衛氏によると企画開始時は月の桂含めて3蔵くらいと考えていたものの、実際に造りはじめてみると4蔵になったとのこと。月の桂の酒についても、先述のテキーラ樽熟成のものが入っているようだから、かなり複雑なアッサンブラージュだ
一方の『刻の奏/黒龍』を特徴づけるのはエレガンスだ。酸化の進行がゆるやかになる低温熟成の影響があるのだろう。高級感のあるシームレスな滑らかさがまず印象的。そこに多層なレイヤーが織りなされている。香りのなかには白ワイン、特にシャルドネのそれのような清涼感、チーズをおもわせる旨味ある熟成香を感じ取ることもでき、味わいには酸味の印象が序盤からはっきりとある。発泡酒ではないけれどスパークリングワインのような刺激も感じられた。そこに常に日本酒らしい甘み、旨味があり、余韻もこの日本酒らしさが主導的役割を担う。
瓶詰め含め最終的な製造はそれぞれメインの酒蔵で行われているので『刻の奏/黒龍』ならば黒龍酒造にてボトリングされる
序盤に特に感じられる酸味は、黒龍のそれだけでなく、木戸泉の『AFS』が効いているという。この個性的な酒が、『八海山』と『黒龍』に、トマトに塩をかけるとぐっとトマトの味が引き立つような感じで効いているようだ。
これは誰のための酒か
生産本数は『刻の奏/月の桂』が1000本、『刻の奏/黒龍』が3000本。いずれも12,000円付近にて、月の桂、黒龍だけでなく、ブレンドに参加している出羽桜、天寿、南部美人、八海山、木戸泉酒造の流通網でも販売される。
以前の『刻の奏』やその前の『刻の調べ』はさすがに購入できなかったものの気になっていた人、世の日本酒好きの人数をおもえば、そんなに余裕のある本数ともおもえない。
日本酒の世界にはそもそもの原料となる古酒がそんなに多くはないから、そこは致し方のないところだろうけれど、個人的にはこれを、既に日本酒が好きな人だけのものにしておくのはもったいないな、とおもった。これは確かに日本酒だけれど、1滴の液体から感じられる、色とりどりの味わいや風味は面白さに富むし、多様性があるがゆえに様々な食、シチュエーションとも寄り添って、体験に彩りを加えてくれるはず。今日は日本酒にしよう、みたいなモチベーションより、もっと自由に楽しみたい。なんなら、ここからさらに、なにかをブレンドしてみても面白そうだ。
そもそも、造り手が自分の酒を他人の酒と混ぜちゃうというこの企画そのものが、自由でオープンで明るい。
ローンチイベントでの月の桂・増田徳兵衛氏(左)と黒龍酒造8代目蔵元・水野直人氏(右)。堅苦しい雰囲気は全然ない
これも日本酒の魅力だとおもう。日本酒を愛する人は基本、めちゃくちゃいい人ばっかりだ。ここに集結したヒーローたちだって、気になったら、イベントに造り手が出ていたりするので、直接会いに行っちゃってもいい。「あなたのお酒、美味しかった」と伝えれば、きっと喜んで、その酒をどれだけ真剣に造ったかを教えてくれるはず。そうやって造り手を知る、というのもお酒がくれる楽しさだ。
「刻SAKE協会」は今後も、参加酒蔵によるコラボレーションで、第3弾以降の『刻の奏』を発売するという。このシリーズが、日本酒の入り口になったらいいな、とおもう。あと、なんなら日本ワインのヒーローとも「アッセンブル!」してくれないかなぁ……
