銘酒『七賢』を造る白州の山梨銘醸が古酒を用いた瓶内二次発酵のスパークリング日本酒シリーズ「EXPRESSION」から「EXPRESSION 2012」を2025年8月20日(水)2,000本限定でリリースした。19世紀フランスの画家 ジャン=フランソワ・ミレーの《落ち穂拾い、夏》をラベルに採用し、人と自然の共生を静かに見つめる3部作の第2作品目に位置づけられる本作。発売に先駆けて試飲した。

SHICHIKEN SPARKLING SAKE EXPRESSION 2012
価格:22,000 円(税込)/ 720ml / アルコール度数 12% / 2,000 本限定

ありかたが高貴

年を取ると涙もろくなるのか……目頭が熱くなるスパークリング日本酒だった。

爽快で軽快、澄み切った透明感、液体の柔らかさ、重厚と複雑が矛盾なくひとつの線上に存在する。

勝手な分析をすると、液体の印象の7割は、白州の山林を流れる清流といった感じの柔らかい水、上質な発泡による穏やで軽快な刺激、酸味のように感じる苦み、青リンゴやアプリコットのような爽やかでとろっとした甘み、そして2割程度が、ごく薄い層がほんの僅かな隙間をあけて幾重にも重なっているかのような整然とした複雑性。残り1割は体験の全体で常に感じられる日本酒ならではの旨味。

高度な技術と自然の尊重、そして何より感動的だったのはバランス感覚だ。これ以上やったら五月蝿い、興が冷める、というところの手前、若干の欠乏感が残る、そんなちょうどいいところで仕上げている。それが勇敢で潔い。つまり高貴だ。

この日本酒は山梨銘醸・七賢の作品。七賢は2015年から「EXPRESSION」と名付けたスパークリング日本酒のシリーズをリリースしていて、これは仕込み水の一部に日本酒を使ういわゆる貴醸酒。「EXPRESSION 2012」の場合、スパークリング日本酒の製造工程に使う水の一部が、2012 年に醸造された純米大吟醸の古酒になっている。

2025年8月20日に発売されたこの日本酒を、私は一足先に試させてもらったのだけれど、この時、同時に仕込みに使われた2012年の古酒も味わうことができた。兵庫県の山田錦と山梨県の美山錦を使い、精米歩合は50%。アルコール度数は16.7%。これを瓶詰めした状態で15℃の環境に置いて、2025年まで保存していたという。これがまた、素晴らしかった。古酒というよりも適切に飲み頃を迎えたといった酒といった雰囲気で、ワインで言えば酸味や苦みに相当するような中核となる構造体が存在している。その周辺にある風味は非常にクリアで、色合いも軽いメイラード反応を起こしている程度。

これが、ひとごこちを使ったフレッシュなスパークリング日本酒によってある意味で割られたのが「EXPRESSION 2012」なのだけれど、人のように酒も触れるものに似るのか。古酒には若々しさが、スパークリング日本酒には深みがもたらされたかのようなのだ。

ミレーと山梨と七賢

世界のどこに出しても恥ずかしくないというか、むしろ誇らしいというか、なにより自分もこんな仕事がしたいとおもい「EXPRESSION 2012」を飲んで私は目頭が熱くなったのだけれど、要するに、これは酒としては完璧だ。

ただ、七賢は酒が素晴らしいだけでは満足しない。彼らは日本酒業界をリードする存在であろうとしているからだ。そこでえらくカッコいいボトルにこの酒を詰めている。

デザインを担当したのは葛西薫さんというアートディレクター率いるサン・アド。葛西さんは紫綬褒章を受章している人物なので数々の有名な作品・仕事があるけれど、どれだけスゴいかを端的に言うなら『水と生きる SUNTORY』をデザインした人だ。気になる人は「サン・アド」で検索してみてほしい。あなたがよく知るあれ、デザインしたのは葛西さんかもしれない。葛西さんとサン・アドはサントリーとの仕事が多く、白州蒸溜所、登美の丘ワイナリーを擁する山梨とも縁が深い。

ラベルにはミレーの《落ち穂拾い、夏》を採用している。え、なんでミレー?っておもいませんか? 私はおもいました。

《落ち穂拾い》で一番有名なのは現在オルセー美術館で見ることができる1857年の作品。しかしその前の1853年にミレーはほぼ同じ構図の《落ち穂拾い、夏》を完成させている。後者は1990年代後半に、山梨県立美術館が購入し、現在も所蔵しているのだ。

山梨県立美術館はミレーのコレクションで有名で、美術好きは、ミレー=山梨くらいの感覚かもしれない。この世界的に知られる山梨のもの、というのが、やはり世界に知られる山梨のものになろうとしている七賢がミレー作品を採用した理由のひとつ。

ちなみに、山梨県立美術館所蔵のミレー作品とEXPRESSIONとのコラボレーションは3部作で、2022年に発売された「EXPRESSION 2006」では《種をまく人》をラベルに採用している。今後《夕暮れに羊を連れ帰る羊飼い》が描かれたEXPRESSIONが発表される予定だ。

そして、もうひとつの理由はミレーの作品がしばしば農業、共同体をテーマにしていることだ。

《落ち穂拾い、夏》はバルビゾンの周辺でミレーが見た光景を描いているという。肥沃なバルビゾン(厳密にはシュイイ・アン・ビエールだという)には麦がたくさん育ち、収穫時には、たくさんの穂がこぼれ落ちる。この落ち穂は十分に働けない人々のためのものと定められていたという。そういうフランスの一地方の19世紀に実在した風景、生活を、絵画作品として世界に輸出したミレーのように、七賢は、日本の田んぼを酒にして、世界に輸出しようとしている。

おじさんくさいことを言うと、天候の不順による米の品質低下、アップデートできないままの日本の農業が表面化した米不足。こういったものも日本のありのままの風景の一部なのかもしれないけれど、今後生まれる優れた作品の足かせとならないことを願いたい。