サステナビリティは「和」の本能

中野 ラグジュアリーの世界では避けることのできない課題、サステナビリティに関してはいかがでしょう?
山根 静岡の茶農家は平均年収90万円なんです。そこで私たちは製茶で出る枝葉を買い取り、茶殻由来の香料を抽出して香水に使い始めました。廃棄物を価値に変える循環を実装中です。日本酒でも同様の取り組みをしています。
大沢 創業以来、酸化防止剤や紫外線吸収剤を使わず、小ロット生産を続けた結果、廃棄率はほぼゼロに。無意識のうちに、「もったいない」という日本の肌感覚がサステナブルにつながっていたのだと思います。
中野 余さず使い切るという哲学は、声高なスローガンにしなくても、日本のものづくりの所作にはあたりまえのように組み込まれていたんですよね。
「道」の思想が導く未来
中野 お二人のお話からは、結果よりもプロセスに価値を置く「道」の思想も強く感じます。さとりさんがマスターされている茶道・華道・香道は、日本のラグジュアリーを読み解く鍵に思えます。さとりさんのお弟子さんでもある山根さんも、「プロセス」を重視していらっしゃることから鑑みて、そうした道の思想も受け継いでいらっしゃるのではないでしょうか。山根さんの顧客が二度目以降の来店で「抹茶の香り」ではなく、香りの奥にある日本の哲学を求めるようになるのは、まさに感性がアップデートされた証です。
日本の香水は派手なボトルや大量の広告を必要としません。気配と深い物語で、人の視点を変える「嗅覚の詩学」です。大沢さんの侘び、山根さんの対話、そして茶殻や真田紐に宿る物語は、ブランドロゴの輝きよりも長く心に残っていくでしょう。深い余白を包みこむ日本の香水が伝えるラグジュアリー観こそ、転換期にあるグローバル市場が探し続けてきた新しい豊かさであり、日本の香水が世界にもたらすことができる静かな革命ではないかと期待します。
*2025年3月8日、有楽町阪急メンズ館で開催された「香りを巡る日本の美」展において開催されたトークイベントの内容を編集しました。
大沢さとりさんプロフィール
2000年に香水専門ブランド「パルファン サトリ」を設立。日本の伝統文化や自然観に根ざした香水づくりに取り組む。2018年、香水のミシュランともいわれる『Perfumes the Guide』に独立系日本ブランドとして初めて掲載、2019年、茶壷香水がフランス国際香水博物館(グラース)に収蔵。2023年、文化庁長官表彰受賞。フランス調香師協会会員
山根大輝さんプロフィール
大学卒業後、外資系コンサルティング会社を経て、生粋の香水好きが高じて2019年、Scentopia株式会社を創業。2020年より『リベルタパフューム』を立ち上げる。「香りの民主化」を掲げ、調香師、ブランドディレクターとしてのみならず、香り・匂いを通したさまざまなコラボレーションを展開。好きな香料はネロリ、ガルバナム。