「梨園=閉ざされた社会」「世襲」というイメージを歌舞伎に持つ人も多いですが、実際には大名跡、御曹司の順調なルート以外から頭角を現したスターも多く輩出してきました。長年歌舞伎研究に携わる児玉竜一さんに、歌舞伎の今を指南してもらうシリーズの第3回は、これから誰がトップに上り詰めるかに注目の「御曹司ではない」若手や次代を担う役者たちをクローズアップします。

文=新田由紀子 撮影=市来朋久

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若くして父を亡くしながら、『刀剣乱舞』で主演・演出も手掛ける尾上松也

 7月の新橋演舞場は、『新作歌舞伎 刀剣乱舞 月刀剣縁桐(つきのつるぎえにしのきりのは)』。刀剣に宿る付喪神が戦士の姿となった刀剣男士を率いて歴史を守るという、人気ゲーム『刀剣乱舞ONLINE』をもとに、新作歌舞伎として初上演している。主役・三日月宗近を演じているのが尾上松也(38歳)で、今回は初演出もつとめており、歌舞伎公演でこの若さでの主演・演出は異例のことと言える。

 歌舞伎役者の中でも知名度の高い尾上松也だが、名門の出ではない。父の尾上松助は、尾上菊五郎が率いる音羽屋一門の門弟筋にあたる。

「松也は、もともと名子役でした。私は、1993年、国立劇場『鼠小紋春着雛形(ねずみこもんはるぎのひながた)』いわゆる鼠小僧での、松也の蜆売り三吉が特に印象にあります。

 自分が言いやすいように台詞を改変してしまう役者も多い中で、彼は子役ながら、黙阿弥の台詞をきっちりと発声して芝居をしていましたから、黙阿弥の文体が生きるんですね。当時から松也には演技者としての素質が感じられました」(児玉さん・以下同)

 ところが、松也は父・尾上松助を、20歳のときに亡くす。歌舞伎の世界で親がいなくなるとは、いい役がつきにくくなくなることを意味する。その境遇をはねのけ、歌舞伎では2009年から2017年まで毎年自主公演を続け、2015年に花形(若手役者)全員が20代の新春浅草歌舞伎で座頭をつとめて以来、若手の中心的な存在となっている。

 外部の舞台やミュージカルにも挑み、新感線☆RS『メタルマクベス』disc2では主演もつとめている。父を亡くしてから約20年。今や松也は、さまざまな舞台で活躍、ドラマやバラエティーなどテレビにもしばしば出演するようになった。

「ミュージカル『エリザベート』のルキーニ役では、うさんくさいところがなかなか魅力的でした。テレビドラマでも、非常にシリアスで辛辣な役から、コミカルな役まで上手いですよね。

 これらが、ある種の舞台度胸につながって、歌舞伎役者としても糧になっているのでしょう。身長があり押し出しがいいこともあって、若手のなかでも責任興行を任せられる立場を勝ち得てきたのは、立派なことだと思います」

 世阿弥が記した能の理論書『風姿花伝』には、「34、35歳までに芽がでないと、その後は期待できない」と書かれている。

「世阿弥の頃と今では、35歳という年齢の感覚が違いますが。それくらいまでに座頭をやっていなければ、その先さらに上がることが難しいのは、不思議に現代でも同じなんですね。松也は浅草の若手歌舞伎の座頭として『忠臣蔵』の大星由良助(おおぼしゆらのすけ)という屈指の大役まで演じ、今回は『刀剣乱舞』で演出まで手掛ける。様々な大きな経験が、生きているということですね」