大正から昭和初期にかけて、人間の生々しく妖しい姿を描いた異色の日本画家・甲斐荘楠音(かいのしょう・ただおと)。大回顧展「甲斐荘楠音の全貌 絵画、演劇、映画を越境する個性」が東京ステーションギャラリーで開幕した。

文=川岸 徹 撮影=JBpress autograph編集部

《春》1929年、メトロポリタン美術館、ニューヨーク Purchase, Brooke Russell Astor Bequest and Mary Livingston Griggs and Mary Griggs Burke Foundation Fund, 2019 / 2019.366

代表作『横櫛』の妖しさに再び震える

 2021年に東京国立近代美術館と大阪歴史博物館で開催された「あやしい絵展」。幕末から昭和にかけて制作された退廃的で妖艶、グロテスクでいてエロティックな作品が並ぶ中、鑑賞者にひと際大きなインパクトを与えた一枚が甲斐荘楠音《横櫛》だ。

《横櫛》1916年頃、京都国立近代美術館

《横櫛》は歌舞伎の演目『處女翫浮名横櫛(むすめごのみうきなのよこぐし)』を題材にした作品で、描かれている女性は物語の主人公である通称“切られお富”。愛する男のためにゆすりや殺しに手を染めた悪女で、体中に切り傷があることからこの呼び名が付いたという。

 うっすらとした笑みを浮かべる“切られお富”。その笑みが怖い。黒ずんだ病的な目元も怖い。体温や湿りを感じさせる指先も怖い。夢に出てきて、うなされそうなほど、妖しく怖いのだ。

 だが、その恐ろしいまでの妖しさに魅せられてしまう。甲斐荘楠音はこの《横櫛》について、「この作品には《モナ・リザ》の微笑みが現れているかもしれない」と述べている。確かにレオナルド・ダ・ヴィンチの《モナ・リザ》も、謎めいた微笑みが妖しい作品だ。

 そして、その妖しさは癖になる。「甲斐荘楠音の妖しい作品をもっと見たい、もっと知りたい」と。そんな新たな甲斐荘ファンの気持ちに応えるように、甲斐荘楠音の大回顧展「甲斐荘楠音の全貌 絵画、演劇、映画を越境する個性」が東京ステーションギャラリーにてスタート。展覧会では前述の代表作《横櫛》も出品されている。