20世紀を代表する画家アンリ・マティス。日本では約20年ぶりとなる大規模な回顧展が、ヨーロッパ屈指のマティスコレクションを誇るポンピドゥー・センター/国立近代美術館の全面協力を受け、東京都美術館で開幕した。
文=川岸 徹
自身の色彩を「あちこち探し回った」
大胆で強烈な色づかいから「色彩の魔術師」と呼ばれる画家アンリ・マティス。さぞかし若い頃から個性と才能を発揮し、独自性にあふれた絵を描いていたのだろうと思われがちだが、決してそうではない。
1869年、フランスのカトー=カンブレジ(ピカルディー県)に生まれたマティスは、パリで法学を学び、法律事務所にて代訴人見習いとして働き始めた。転機が訪れたのは21歳のとき。虫垂炎の療養中に母から暇つぶしにと絵具箱を贈られたことをきっかけに絵を描くようになり、回復後は代訴人見習いの仕事を続けながら美術学校に通った。
やがてマティスは、画家ギュスターヴ・モローのアトリエに出入りするようになり、1895年には国立美術学校のモローの教室に入学を認められた。モローはアカデミックな絵画をきっちりと教えるタイプではなく、若い画家たちに“実験”を奨励。マティスはモローの言葉を受けて、様々な画題や技法に挑戦。マティスは後にこの頃を振り返り、「自分をあちこち探し回った」との言葉を残している。
「マティス展」では、“自分探しの時代”の貴重な作品が複数展示されている。《読書する女性》は戸棚の上に並ぶ小物の巧みな配置にオランダ黄金時代からの影響を強く感じる。また、読書に没頭する女性を背後から描く構図はジャン=バティスト・カミーユ・コローお得意の手法だ。
日本初来日となる《豪奢、静寂、逸楽》は、シニャックの点描技法に挑戦した作品。細かな点を並べることで眼の網膜上で色が混ざり合う「筆触分割」の理論を試したものだが、それぞれの色が混ざらずにそのまま残ってしまい、実験は失敗に終わった。それでも、新たな色彩表現を目指すマティスの姿勢が伝わってくる、深い意味をもった一枚といえるだろう。
「色彩の魔術師」といわれるマティスだが、色彩と同時に「線」を大事にした画家でもある。《豪奢Ⅰ》は華やかな色彩から離れ、平面的な空間構成と落ち着いた色調に挑んだ名品。ところどころかすれた、震えるように繊細な筆触が印象に残る。