伝説の大スター役者を作ったのは

一筆斎文調「市川弁蔵の経若丸と中村仲蔵の教経の亡霊」 画像提供=アフロ 

 江戸時代中期、名門の出ではないながら頂点に上り詰めた伝説の歌舞伎役者が初代中村仲蔵(1790年没)。『仮名手本忠臣蔵』の斧定九郎を当たり役としたことをきっかけに、頂点にのぼりつめた。

 定九郎は、出番がほんのわずかしかない脇役。老人を殺して、流れ弾であっけなく死ぬ。それまでの定九郎は、汚い山賊のなりで出てきて引っ込むだけだったが、仲蔵は白塗りに黒羽二重、全身から水を滴らせる浪人姿で登場。撃たれたところで口から血糊を出すなどの工夫をほどこし、見物を熱狂させる。

 翌日から、小屋は定九郎を観るために客が押し寄せて、仲蔵は大スターとなっていった。仲蔵の大出世は落語や講談、小説などにも取り上げられ、2021年には、NHKが中村勘九郎と上白石萌音主演のドラマ『忠臣蔵狂詩曲 No.5 中村仲蔵出世階段』を放映している。

「仲蔵のように一代で人気役者になるには、観客の目が肥えてなきゃならない。観客がどういう方向を支持してスターになるか、です。

 昭和30年代から40年代に、中村勘九郎を名乗っていた中村勘三郎(2012年没)をスターにした観客は、昔からの歌舞伎の見巧者たちでした。彼らの目にかなって、勘九郎は子役スターになり、若手として活躍した。しかし、そこから長じて18代目勘三郎を襲名した時に取り巻いていた観客たちは、必ずしも古典歌舞伎を愛好しているわけではなかった。その間で彼はもがき苦しんだと思います。どういうスターができるかは、観客にもよるのです」

 中村仲蔵が舞台に立った江戸の歌舞伎小屋。観客たちは、盛り上がらないために「弁当幕」、つまり舞台を観ないで弁当を食べてしまう幕といわれている場面に出てきた仲蔵の工夫と芸の素晴らしさに驚き、静まりかえったと言われる。今の観客は、「令和の中村仲蔵」を見つけてスターにする目を持っているか。児玉さんは、時代が変わっている現代、その難しさを心配し、新作ばかりでなく普段上演される古典歌舞伎も観てもらいたいと望んでいる。