文:藤野 太一

今年5月28日、ポルシェ911初のハイブリッドモデルが世界初公開された。今回の新型モデルは2018年にデビューした現行911(タイプ992)の後期型にあたるもので、通称992.2と呼ばれる。その国際試乗会が7月初頭スペイン・マラガで開催された。

ポルシェの魂「911」電動化のロードマップ

ポルシェは電動化に積極的なブランドだ。現在、2030年には新車販売の8割をBEV(バッテリーEV)にするという目標を掲げている。2020年にはブランド初のBEV「タイカン」を発売。今年はBEV第2弾となる新型SUV「マカン」を投入する。また「カイエン」や「パナメーラ」ではすでにラインアップの半数をPHEV(プラグインハイブリッド)が占めている。来年にはスポーツカーの「718ボクスター」、「718ケイマン」のBEVが発表される予定だ。

こうした中、唯一電動化されていないモデルが「911」だった。911は1963年に生まれ、現行で8世代目を数えるポルシェブランドのコアとなるスポーツカーだ。ポルシェはスポーツカーを持続可能なものとするために、カイエンやマカンといったSUVをつくり原資を生み出すというビジネスモデルを構築。いまや世界販売台数の約6割をこれらSUVが占めている。このビジネスモデルは現在、ランボルギーニやフェラーリなどのスーパーカーブランドも踏襲するようになった。

先の戦略によると、2030年にも約2割は内燃エンジンを搭載したモデルが残るということでもある。それが911というわけだ。ポルシェの首脳陣も最後まで内燃エンジンが残るのは911になるだろうと公言していた。

2024年5月、911はマイナーチェンジを機にハイブリッドモデルの導入を開始した。ただしすべての911モデルをハイブリッド化したわけではない。いまのところ新型が発表されているのはスタンダードな「カレラ」とハイパフォーマンスバージョンの「GTS」の2モデルだが、前者は従来と同様の3リッター水平対向6気筒エンジンを搭載する内燃エンジン車であるのに対して、後者のみがハイブリッド仕様になった。

なぜGTSなのか?

GTSは、「カレラ」、「カレラS」、「カレラGTS」と“カレラ” の名称が使われる3兄弟のトップエンドモデルという位置づけにある。今後はおそらく「ターボ」や「GT3」といったさらなる高性能モデルの登場が予想されるが、それらはカレラの名を使用しない。多様なラインアップを用意する911の製品マトリクスにおいて、日常での使い勝手の良さと、ときにサーキットでも楽しめる高い走行性能を併せ持つのが、カレラシリーズだ。

まずは欧米で人気が高く、ビジネスとしても重要な意味を持つGTSから将来の排ガス規制対応を見越しつつ、かつパフォーマンスを高めるためにハイブリッド化したというわけだ。ポルシェはこのハイブリッドシステムの名称を「t-hybrid」としている。「t」とはターボの意というから、エコであることはもとより、GTSにふさわしいパワーを付加するものという狙いであることがわかる。

電動化における最大の懸案事項は、重量がかさむこと。一般的に同型の内燃エンジン車とPHEVを比べると+200〜300kgなんてモデルも珍しくはない。SUVやサルーンならまだしもスポーツカーで、ましてや911で許されることではない。本社の広報担当によると、911がハイブリッド化することに対してオーナーやファンから重量増を懸念する声が多く寄せられたという。

開発チームは、車両重量1600kgを切ることを開発目標のひとつに設定。最終的に従来モデルに対しての重量増は約50kg、新型「カレラGTSクーペ」のカタログ値の空車重量(DIN)は1595kgと目標値に収まっている。そして、世界中の自動車メーカーが自動車開発の聖地としてタイム計測を行うドイツのニュルブルクリンク北コースでのテストにおいて、従来モデルのタイムを8.7秒上回る7分16秒934をマーク。0−100km/h加速は3.4秒から3.0秒にまで短縮している。これは相当なレベルアップだ。

カレラGTSのt-hybridシステム

この「t-hybrid」システムは電動走行はしない、いわゆるマイルドハイブリッドシステム。その中心となるのは、新開発の3.6リッター水平対向エンジン。単体で最高出力485PS、最大トルク570Nmを発生する。ハイブリッド化するにあたり高電圧システムを採用するため、エアコンをベルト駆動ではなく電動駆動にするなど補機類をコンパクト化。エンジン搭載位置を110mm低くすることが可能となり、上部にパルスインバーターとDC-DCコンバーターなどのハイブリッド関連ユニットを収めるスペースを確保している。

GTS用の3.6リッター水平対向6気筒エンジン

また先代はツインターボだったが、新型ではシングルターボ化することで軽量化を実現。さらにタービンの軸部分に電気モーターが組み込んだ電動ターボチャージャーを採用しており、いわゆるターボラグがなく瞬時にブースト圧を高めることが可能となっている。この電気モーターはジェネレーターとしても機能し最大11kW(15PS)のパワーを発生する。

電動ターボチャージャー

そしてハイブリッド駆動のメインとなるのは、8速PDKのトランスミッションケースに組み込まれた永久磁石同期モーターで、アイドル回転数から最大150Nmを発揮し、エンジンをサポートする。

ポルシェはEmbedded electric engineと表現している

400Vの電圧で作動し、最大1.9kWhの電力を蓄える駆動用のリチウムイオンバッテリーをフロントに配置。メーター類やインフォテイメントを駆動する12Vの鉛バッテリーは軽量化のため薄型形状のリチウムイオンバッテリーに代替し、ボディ後部に搭載している。

これらを組みあわせ、システムの合計出力は541PS、合計トルクは610Nmとなり、先代比で61PSのアップしている。

GTSはエクステリアでもひとめで新型とわかるように差別化されている。フロントバンパーの左右に5本ずつ配された縦長のフラップが最大の特徴だ。高速巡航時など必要なパワーが最小限の場合は、フラップを閉めてエアロダイナミクスを最適化し燃費を稼ぐ。サーキット走行など冷却効果を高める必要があるシーンではフラップを開きラジエーターに空気を送り込む。ドライバーが任意で操作するものでなく、自動で作動する。

インテリアのデザインは基本的には従来モデルを踏襲する。大きく変わったのは、ドライバーの眼前に最後まで残されていた中央のアナログメーターがなくなり、12.6インチの曲面デジタルディスプレイになったこと。デジタル化したことで伝統的なポルシェの5連メーターにインスパイアされたディスプレイなど、最大7種類の表示が可能となっている。

もう1つは、エンジンスタート/ストップボタンが備わったこと。911では伝統的に鍵をひねってエンジンを始動するという所作が受け継がれてきた(キーレスになった先代でもノブをひねる仕様になっていた)が、いまでは一般的になったエンジンスタート/ストップボタン式になった。まさにデジタルへの転換期というわけだ。

ポルシェらしいフィーリング

スタートボタンを押すと、エンジンが始動する。従来モデルよりは音量が抑えられている。アクセルペダルをゆっくりと踏みこむと低速域からスルスルと滑らかに加速する。さり気なくでもしっかりとモーターのアシストがきいている。中央のメーターをよくみると回生時にはグリーンの、アシスト時にはブルーのバーの表示が伸びる仕組みになっている。基本的に日常走行では2000〜3000回転まではアシストするも、それ以上は内燃エンジンにまかせてアシストをやめて回生に重点を置くようだ。

新開発の3.6リッターエンジンは、4000回転を超えたあたりから力強い、いかにもポルシェの水平対向6気筒らしい音がする。右足に力を込めると7000回転あたりまで淀みなく吹け上がる。事前に聞かされていなければ、ハイブリッドとも、ターボともわからず、すごくよく出来た自然吸気エンジンだと思う人もいるかもしれない。それくらいシームレスでスムーズだ。どうやら911ファンたちの心配は杞憂に終わったようだ。今回の911のハイブリッド化は、スポーツカーが未来へと受け継がれていくひとつの指針となるはずだ。