大谷 達也:自動車ライター

パートナーシップ契約にあたって来日した、シンガーこと「シンガー ヴィークル デザイン」社の創業者ロブ・ディキンソン氏(写真中央)と同社のマゼン・ファワズCEO(同左)。そしてコーンズ・モーターズの林 誠悟代表取締役社長兼CEO(同右)

クラシカルなスタイルから激しいチューニングカールックまで

 シンガーはポルシェ911のレストモッド(resto-mod)を専門に行なうアメリカのブランドだ。

 レストモッドというのはあまり耳馴染みのない言葉かもしれないが、レストア(修復する)とモディファイ(変更する)の造語で、古いクルマをただ修復するだけでなく、現代の道路事情やオーナーの好みにあわせて改造・改良することを意味する。個人的には、ヨーロッパや日本ではオリジナルにこだわったレストアが主流なのに対し、アメリカではオーナー次第でレストアすることもレストモッドすることもあるような印象を持っている。

ベースはいずれもポルシェ 911の964型。しかしオリジナルとはだいぶ異なった仕上がり

 そうしたレストモッドを専門に行うガレージのなかにあって、シンガーはかなり特徴的な企業である。

 創業者兼会長のロブ・ディキンソンはもともと美術や音楽に興味を持っていて、いまでも彼の名前をウィキペディアで検索するとプロミュージシャンとして活躍していた当時の経歴が紹介されているほど、その活動はメジャーなものだったらしい。

 いっぽうで、美術家志望という彼のもうひとつの夢は、2009年にシンガー・ビークル・デザイン社を設立することで実現する。

 シンガーの作品は、美術家を目指していたディキンソンの思いがたっぷりと込められているようで、たとえばそのインテリアは、最新のテクノロジーとクラフツマンシップを駆使することにより、クラシックなイメージを残しながらもより高品質で機能的、そしてスタイリッシュにまとめられている。

 同じ考え方はエクステリアにも貫かれていて、彼らの「クラシック・サービス」と呼ばれるメニューでは、オリジナルのよさを生かしつつ、細部を微妙にモディファイすることでユニークかつ新鮮な表情を与えることに成功しているように思える。

クラシック・サービスの一例。964型がよりクラシカルな印象に

 そのいっぽうで、「DLSターボ・サービス」と名付けられたメニューではボディパネルにも大幅に手が加えられ、いかにもチューニングカーらしい迫力あるスタイリングに仕上げられている。

こちらはDLSターボ・サービスの一例。大きく張り出したリアフェンダーが911とは思えない雰囲気を与えている

モディファイの範囲は?

 では、シンガーとはどのような活動をする企業なのか? コーンズ・モータースとのパートナーシップに関する発表会にあわせて来日したディキンソンとCEOのマゼン・ファワズに話を聞く機会があったので、その模様をここで紹介しよう。

「私たちは自分たちが正しいと思う範囲でモディファイを行います」とディキンソン。「たとえばクルマのパフォーマンスを向上させることもあれば、シャシーの強化、サスペンション・パーツの再設計、ブレーキのアップグレードを行うこともあります。ただし、ポルシェの本質を見失わないようにすることが、私たちにとっては極めて重要です。様々な作業を行っているのは事実ですが、あくまでもポルシェであることには変わりなく、オリジナルのDNAを尊重しています」

DLSサービスの一例。スポーツマインドに溢れたルックス

 これを隣で聞いていたファウズは、エンジニアの視点から次のような言葉を付け加えた。「モディファイに際しては、クルマとしてのバランスを保つことを常に心がけています。1ヵ所だけを誇張するようなクルマは作りません。システムとしてすべてがしっかりと機能することを目指しています」

 もともとポルシェ911が備えている「優れた実用性」を重視する姿勢も、シンガーの重要なフィロソフィーといえる。

「安全で実用性が高いことも911の特徴です。私は、すべての911は日常的に使えるべきだと考えています。どんなに美しくて素敵な仕上がりでも、毎日使えるクルマでなければ意味がありません」 ディキンソンはそう強調した。

 前述したとおり、シンガーは「クラシック・サービス」から「DLSターボ・サービス」まで幅広いラインナップを用意しており、それぞれのモデルごとに一般公道向けからサーキット走行重視まで様々なキャラクターに仕上げられているが、どれほどサーキットでのパフォーマンスを重んじたモデルであっても、一般道での快適性を確保するというのがシンガーの思想なのだ。

ターボ・スタディと呼ばれるモディファイの一例

 さらにいえば、それぞれのサービスにしても、詳細なメニューに関してはオーナーの希望を取り入れるきめ細やかなプログラムが用意されているという。

 ディキンソンが語る。「たとえばサスペンションは3種類、シートも3種類、遮音性のレベルもいくつか選択肢を用意しています。そのほかにも超軽量ボディ、強化ボディなどのメニューを揃えており、お客さまの希望にあわせて自由に組み合わせることができます。このメニューを決めていくプロセスはお客さまに大変好評で、これが忘れられずに、もう1台、もう1台とオーダーされるケースもあるほどです」

DLSサービスのインテリアの一例。こんなヴィヴィッドなカラーリングもある

 ふたりによれば、顧客の30%以上は2台以上のシンガーを所有していて、なかには8台をオーダーした強者もいるそうだ。

モディファイ体制は盤石

 なお、シンガーはカリフォルニアとイギリスの2ヵ所に拠点があり、レストアや内外装のモデファイはカリフォルニア主体、メカニカルな部分のエンジニアリングに関してはイギリス・サイドがウィリアムズF1チームの協力を得て作業を行っているという。

ターボ・スタディのエンジン

 また、シンガーが作業を請け負うのはポルシェ911のなかでも1988年から1994年までに生産されたタイプ964と呼ばれるモデルのみで、顧客はまずベースとなるタイプ964を自分で手に入れ、それをシンガーに送って作業を行ってもらうことになる。ちなみに作業料はオーダーの内容次第だが、少なくとも1億円、高額な場合には2億円を超えるケースもあるようだ。

 最後にシンガーとポルシェの関係について記しておくと、どうやら過去には訴訟問題などもあった模様。これはポルシェの名称やロゴを用いることにポルシェ側が異議を申し立てたもので、シンガーのウェブサイトにはわざわざ「シンガーは、ポルシェカーズノースアメリカ、またはDr. Ing. h.c. F. Porsche, AGの後援、関連、承認、支持を受けたものではなく、いかなる形でも提携するものではありません」との但し書きがあるほど。もっとも、DLSのプログラムではポルシェのレーシングカー開発に長年関わったノルベルト・ジンガーや同社のエンジン技術者として著名なハンス・メッツガーも関わったというから、その血のつながりはかなり濃いと見ていいだろう。

 ちなみに、シンガー(Singer)の社名はノルベルト・ジンガー(Norbert Singer)に由来するとディキンソンは教えてくれた。