大谷 達也:自動車ライター

ヨーロッパEV推進方針の軟化

 ヨーロッパでは、電気自動車(EV)の将来的な規制のあり方に変化の兆しが見られる。

 EU議会は2023年初頭に「2035年以降もeフューエルを用いたエンジン車の販売を認める」方向に法案を修正する方針を発表。「2035年以降は(実質的に)EVと燃料電池車(FCV)のみを認める」とする従来の立場からすれば、大幅に緩和された内容となっている。

 この方針転換について「そもそも2035年以降はEVもしくはFCVのみにすること自体が産業界の立場からいっても市場の受容性という観点からしても無理があった」との意見が多く聞かれているが、それとともに、ヨーロッパの産業界や政界が中国製EVの台頭を脅威と捉えていることもこの判断に関係しているはずだ。

 中国ではEVやバッテリーの開発を政府が奨励。技術面で長足の進歩を遂げていると同時にきわめて大規模な生産体制を構築し、性能面で欧米に並びかけ、生産規模やコスト面では欧米勢を凌ぐとされる。このような状況で2035年からEVやFCVのみの販売を認めることになれば、欧州勢が駆逐されて中国メーカーに市場を席巻されるかもしれない。そうした一種の危機感が、将来的なエンジン車の規制に歯止めをかけたとも捉えられるのである。

世界最大のスポーツカーメーカー「ポルシェ」の選択

 しかし、ポルシェに限っていえば、戦わずして中国勢に白旗を揚げるつもりはないようだ。

 世界最大のスポーツカーメーカーである同社は、2030年までに全生産台数の80%以上をEVとする目標を掲げている。これは、スポーツカーのトップメーカーであるからこそ環境問題に対する社会的責任を果たさなければいけないという姿勢の表れであり、この方針にしたがって2019年には初のEVであるタイカンをリリース。これまでに世界中でおよそ15万台を販売し、環境問題への貢献に努めてきたのである。

 しかし、それから5年を経て、中国勢などの追撃が激しさを増してきた。そこで、抜本的な改良を施し、ライバルに対するアドバンテージをさらに拡大するために誕生したのが、新型タイカンだといえる。

新型「タイカン」にも4ドアスポーツセダンの『タイカン』(右)と5ドアクロスオーバーの『タイカン クロスツーリスモ』(左)を設定。『タイカン』には、タイカン、4S、ターボ、ターボS、『クロスツーリスモ』には通常モデルに4がつく。ほか4S、ターボ、ターボSがある。その他、欧州ではクロスツーリスモのオンロードバージョンとも言うべきボディタイプ『スポーツ ツーリスモ』も発表されている

効率も出力も向上しネガを打ち消す

 新型はバッテリー容量を10%ほど拡大するとともに、駆動系のソフトウェア見直し、空気抵抗や転がり抵抗の低減を図ることで、航続距離を35%延長。1回の充電で630km走行できるとしている(タイカン・ターボSの場合)。

 また、モーターやインバーターなどの改良を図ってパワーアップを実現。タイカン・ターボSでは最高出力が761psから952psまで引き上げられ、0-100km/h加速は2.8秒から2.4秒へと短縮された。ちなみに、3000〜5000万円クラスのスーパースポーツカーでさえ0-100km/h加速は3秒を切るのがやっと。この辺は、低回転域で強大なトルクを発生するのが得意な電気モーターのメリットが十二分に発揮された結果といえる。

 最大充電容量を270kWから320kWに引き上げたうえ、バッテリー冷却の能力を高めることで、現行型よりも充電時間を短縮したことも新型の大きな特徴のひとつ。ちなみにポルシェ側はバッテリーを10%から80%まで充電するのに要する時間は従来の21分30秒から18分へと短縮し、10分間の充電で走行できる距離は最高で225kmから315kmに伸びたと主張している(ベーシックグレードであるタイカンの場合)。

高速充電を実現したアーキテクチャ。画像は『タイカン ターボS』のもの

 もっとも、こうした性能を日本でもそのまま享受できるとは限らない。なぜなら、これらはヨーロッパの一部に存在する最高出力が270kWないし320kWの超高速充電器を使用した場合のデータだからだ。ちなみに、日本の高速充電器は最高でも150kW程度で、街中で見かけるものの多くは50kWから90kW。かりに90kWの充電器を使用したとしても、充電時間はポルシェが発表した数値の3倍以上となるので注意が必要だ。

最高出力1000PS超「ターボGT」新設定

 もうひとつ、新型タイカンの特徴は、これまでなかった超高性能モデルのターボGTを新設定したことにある。

タイカン ターボGT(ヴァイザッハ・パッケージ モデル)

 こちらの最高出力はターボSの952psをさらに上回る1033ps、そしてピーク時には1108psまで発揮するというモンスター。果たして、ここまでやる必要が本当にあったかどうかは疑問だが、これも中国勢に対抗するためにはやむを得なかったことであると同時に、それくらい中国勢の性能が飛躍的に向上していることの裏返しといえる。