大谷 達也:自動車ライター
刺激と洗練の駆け引き
最新のポルシェ911GT3に試乗して、スポーツカーメーカーとしてのポルシェの実力とスポーツカー作りの巧みさに、改めて深い感銘を受けた。
ここでとりわけ強調したいのが、スポーツカーにおける刺激性と洗練さのバランスという点にある。
スポーツカーに刺激は欠かせない。そもそも、クルマ好きは刺激や非日常性を求めてスポーツカーに乗るはず。だから、刺激がまったく認められないスポーツカーに魅力を感じる人は、おそらく少数派だろう。
いっぽうで、いかにスポーツカーといえども、現代の自動車である以上、洗練されていることは絶対に不可欠といえる。ここでいう洗練さとは、見た目のクォリティ感や信頼性、耐久性といった部分にくわえ、一定レベルの快適性、正確で安全な操縦性などを含んでいる。
ところが、快適性や安全な操縦性は、ときとしてスポーツカーに求められる刺激性とトレードオフの関係にある。
おそらく古くからのスポーツカー好きであれば、エンジン・トルクが低回転域で細いのに高回転域で爆発的なパワーを発揮するとか、後輪のグリップが限定的でハードコーナリング中にオーバーステアになるようなハンドリングに刺激性を認め、「スポーツカーに欠かせない条件」のひとつとして挙げることだろう。しかし、こうしたエンジン特性やシャシー性能は、技術レベル的に決して高くなく、洗練されているとはいいにくい。まして、安全性の観点からいえば、現在では受け入れがたいキャラクターといって間違いなかろう。かといって洗練さだけを追求すれば「スポーツカーにしては退屈」という評価を受けかねない。
刺激性をとるか、洗練さをとるか。このふたつの間で、スポーツカーメーカーは常に揺れ動いてきたのだ。
けれども、ポルシェは新型911GT3で「刺激的なのに洗練されている」という新しいスポーツ像を完成させたように思う。
911 GT3とは?
ここで私なりの解釈についてご紹介する前に、まずは911におけるGT3のポジションを説明しよう。
1963年に誕生したポルシェ911は、水平対向6気筒エンジンを後車軸の後方に搭載した“リアエンジン”レイアウトにより、スポーツカーらしいハンドリングやトラクション性能、さらには狭いながらも後席にふたりが腰掛けられる“2+2”シートを実現してきた。
そこから数えて8代目にあたる現行型のタイプ992では、エンジン・パフォーマンスが低い順にカレラ、カレラS、カレラGTS、ターボ、ターボSなどのグレードを設定しているほか、駆動方式は後輪駆動と4WD、ボディタイプはクーペ、カブリオレ、タルガも3タイプを用意。その順列組み合わせにより21モデルをラインナップしているが、これらとはまったく別のポジションにあるのがGT3である。
GT3は、911のなかでもっともレーシングカーに近く、軽量なボディとハードなサスペンションを組み合わせて軽快なハンドリングを実現しているところに最大の特徴がある。また、GT3以外の911がすべてターボ・エンジンを搭載するなか、唯一、自然吸気エンジンを搭載していることも特徴のひとつ。
そしてPDKと呼ばれるオートマチック・ギアボックスがスタンダードになっている現行911のなかにあって、唯一マニュアルトランスミッションを設定(911GT3ウィズ・ツーリング・パッケージ)しているのも特徴的。さらにいえば、スタンダードなGT3、911GT3ウィズ・ツーリング・パッケージにくわえて、モータースポーツ志向をより強めた911GT3 RSをラインナップしている点も注目される。
そして、これらすべてのモデルが、いずれもリアシートを持たない2シーターとされていることも、他の911にはないGT3だけの特徴である。