多数のブランドを傘下に収める巨大組織となった「ステランティス」グループ。その一員にして、唯一のラグジュアリーカーブランド「マセラティ」は、いま「マセラティらしさ」を思う存分発揮している。

2007年の登場以来、2ドア4シータークーペの名作として評価されながらも、どうしてもフェラーリと血を分けた姉妹感が強かった『グラントゥーリスモ』も2019年にその歴史に一区切りをつけ、2022年に純血のマセラティとしての新生が告げられた。

果たしてその出来やいかに? 今回は、最近のマセラティにだいぶココロを惹かれている大谷達也がV6エンジン搭載の『トロフェオ』とEVの『フォルゴーレ』を、モデナで1日中、乗り回してのリポート!

まずはV6の「トロフェオ」から

「この不思議な感覚は、いったいなんだろう?」

 イタリアのモデナ近郊でマセラティの新型グラントゥーリズモに試乗しながら、私はそんなことを考えていた。

 同じイタリアで生まれたピュアスポーツカーの多くは、ステアリングを握っているだけでアドレナリンが次から次に湧きだしてきて、自然とペースを上げたくなるのに、グラントゥーリズモは私をあおり立てるようなことはせず、むしろ落ち着いた雰囲気でゆったりと迎え入れてくれる。ところが、ワインディングロードに足を踏み入れれば、正確なハンドリングを武器にして爽快にコーナーを駆け抜けていくことも可能。

そのパフォーマンスは間違いなく第一級のスポーツカーに匹敵するものだが、街中をゆっくりとしたペースで流すのもまったく苦にならず、ハイウェイクルージングはむしろ得意科目と思えるほどだ。

 いっぽうで、クルマが「飛ばせ! さあ飛ばせ!」とあおり立てることがないのでドライバーは落ち着いてステアリングを握っていられる。そういったモデルは概して退屈で、長距離を走っていると次第に飽きてくるものだが、グラントゥーリズモにはそれがない。どれほど長い間、走り続けても心地よい緊張感と深い味わいで、ドライバーを飽きさせることがないのだ。この絶妙なバランスは、意図して作られたものなのか? それとも偶然の産物か? それを知るため、モデナのマセラティ本社で私を待つダヴィデ・ダネーシンに訊ねてみることにした。ダネーシンはグラントゥーリズモの開発でチーフ・ヴィークル・エンジニアを務めた人物である。

 まず、私が「グラントゥーリズモはクルマがドライバーをせき立てないのに、退屈させることなく、ロングドライブでも疲れにくい」と指摘すると、ダネーシンは「アナタはこのクルマのコンセプトを見事に言い当てました」と応えたのである。

「ドライビングの楽しさ、快適性、マセラティらしいロングツーリング性、そしてモータースポーツの伝統が息づくスポーツ性……。こうしたキャラクターを1台のなかに共存させたのが、新型グラントゥーリズモです。また、ひとつのドライビング・スタイルを押しつけないと評価していただいたことにも、お礼を申し上げます。どんなタイプの運転をするかは、アナタ次第です。ただし、いままで試乗していただいたメディア関係者のなかで、この点を指摘してくださった方は決して多くありません。それをアナタが指摘してくださったことを、とても嬉しく思います」

 ダネーシンの言葉に気をよくした私は、自分が感じたグラントゥーリズモの魅力について、さらにまくしたてた。

「ドライバビリティが優れているので、クルマをコントロールするのはとても簡単です。ただし、そういうクルマはすぐに退屈することが少なくありませんが、このグラントゥーリズモは違います。おそらく、V6エンジンの心地いい鼓動が常に聞こえ続けているので、退屈しないのでしょう。このエンジン音のボリューム設定も絶妙だと思います。そして美しくてクォリティ感の高いインテリアを眺めているだけでも、まったく退屈しません。そうそう、ステアリングフィールも素晴らしい。不要なバイブレーションは遮断されているのに、必要なインフォメーションはしっかりと伝わってくる、とても洗練されたステアリングだと思います。おかげで退屈しない。つまり、エキサイティングだけれど過激ではない。私のような年齢のドライバーにとっては、とてもいいバランスだと思います」

 私のコメントを「刺激が足りない」と受けとめたのか、ダネーシンは「スポーツ・モードは試しましたか?」と訊ねてきた。

「もちろん、試しましたよ」 私はそう答えた。ちなみにグラントゥーリズモにはコンフォート、GT、スポーツ、そしてコルサの各モードが設定されている。「スポーツ・モードのほうが俊敏性は高まりますが、そのいっぽうで快適性も確保されています。だからサーキット専用じゃなくて、一般公道でも使えると思いました」

 私がそう答えると、ダネーシンは笑顔を浮かべながら、こう語り始めた。

「そうですね。スポーツ・モードはハンドリングが俊敏になるので、もっとプッシュしたくなります。いっぽうで、サーキット用にはコルサを設定しました。サーキット走行では、ときとしてタイヤのグリップを失わせたくなりますが、コルサ・モードであれば、安全性に配慮したうえでそうした走りも楽しめます。あと、今日は晴れだからウェットモードは体験されていないでしょうが、新型グラントゥーリズモは4WDなので、雨の日でも安心して走れますよ。それでは、次はフォルゴーレを存分にお楽しみください」

 ダネーシンはそこまで語ると、席を立った。