マセラティが本当に久しぶりに紛うことなきスーパーカー『MC20』リリースした。0-100㎞/h加速は2.9秒以下、というスペックはロードカーとして世界の頂点を争うクルマのそれだ。「そういうクルマはもう作らないのかな?」とおもっていた向きもあろうかとおもう。マセラティはなぜいま、こういうクルマを作ったのか? その理由を大谷達也が問う。

スーパースポーツ作りの腕は健在

 マセラティがリリースした『MC20』は、同ブランドが放つ久しぶりのミッドシップスーパースポーツカーだ。

 ちなみに、前作の『MC12』が誕生したのは2004年のこと。しかも、これは『フェラーリ・エンツォ』の実質的な兄弟車だった。なぜ、フェラーリがマセラティにミッドシップスポーツカーの技術を提供したかといえば、当時のフェラーリはマセラティの親会社だったから。この関係は2005年に終焉を迎えたものの、その後もフェラーリはマセラティにV8エンジンを供給し続け、そのハイパフォーマンス性を強力に支えてきたという経緯がある。

 近年のマセラティがミッドシップスーパースポーツカー作りにあまり熱心でなかった理由は、私が執筆した「マセラティとはなにか?」を読んでいただければご理解いただけるはず。では、なぜ、マセラティは16年振り(MC20の発表は2020年)にミッドシップスーパースポーツカーをリリースしたのか? この問いに対する答えと、MC20の魅力を解き明かすことが、この小文の目的とするところである。

 MC20の概要を説明すると、カーボンコンポジット製モノコックに3.0リッターV6ツインターボエンジンを搭載。いまやスーパースポーツカー用ギアボックスの定番というべきDCT(デュアル・クラッチ・トランスミッション)を介して後輪をする。また、この種のスーパースポーツカーとしては当然のことながら、MC20もふたり乗りの2シーターとされている。

3リッター90°V6の『ネットゥーノエンジン』。ネットゥーノはネプチューンのこと

 このマセラティの最新ミッドシップスポーツ、性能的にはカテゴリーのトップクラスにあって、0-100㎞/h加速は2.9秒以下、最高速度は325km/h以上と発表されている。多少のブランクはあったものの、スポーツカーを作るマセラティの腕はまったく落ちていなかったといえるだろう。

 実際にMC20に試乗すると、発進加速時のピックアップの鋭さに驚かされるはず。別にアクセルペダルを強く踏み込まなくても、タイヤがコロリと最初に転がり始める瞬間の動き方が軽快で、クルマが恐ろしく軽く感じられるのだ。この辺は、マセラティ自らが開発した新エンジン“ネットゥーノ”(後述)のレスポンスが鋭敏なことにくわえ、クラッチを素早くつないでエンジン・パワーを瞬時に後輪へと伝える仕組みがうまくできているから、と考えられる。それでいながら、発進時に嫌なショックをまるで生み出さないのだから、大したものだ。

マセラティ味もぬかりなし

 MC20に乗って驚かされるもうひとつのポイントは、スーパースポーツカーにしては足回りがソフトで、乗り心地が快適なこと。それも、路面の段差を乗り越えたときにガツンという衝撃が伝わらないだけでなく、もっとゆったりとボディが上下するようなシチュエーションでも、まるで海に浮かぶクルーザーが大波を受けたかのようにフワリとやり過ごすのである。もっとも、これはあくまでも比喩的な表現で、快適性を最優先したセダンに比べれば、はるかにソリッドで節度が感じられる。これらは、あくまでも一般的なスーパースポーツカーを規準とした話なので、その点はご理解いただきたい。

 この快適性重視の足回りのため、MC20での高速クルージングは実に快適。その意味でマセラティらしいグランドツーリスモ性は、このMC20にも間違いなく受け継がれているといえる。

 おかげで、ワインディングロードでのハンドリングはピュアスポーツほどシャープとはいえないかもしれない。というも、ブレーキングでフロントに荷重を移動してからステアリングを切り込むタイミングにしても、一般的なピュアスポーツに比べてワンテンポ待ったほうが滑らかにコーナリングできるように思えるから。もっとも、程度の差こそあれ、これはマセラティの他のモデルにも共通する味付けで、この点からもMC20がライバルブランドのスーパースポーツカーとはひと味異なることがわかる。

 走りの質感も極めて高い。カーボンモノコックを使っているのだからボディ剛性が高いのは当然かもしれないが、そういうクルマの骨格だけでなく、サスペンションやステアリングの取り付け部分、さらには内装材の組み付けといったところも含め、とても質感が高く感じられる。ちなみに、MC20のカーボンモノコックは、このクラスで一般的なRTMではなく、F1マシンなどと共通の高価で軽量高剛性なオートクレーブ成形が用いられている。これは極めて異例なことだ。

 スタイリングも、よくあるミッドシップスポーツカーのように見えて、よくよく観察するとマセラティらしさが随所に認められる。たとえば、斜め横から見たときに口をすぼめているかのように思えるフロントグリル周りのデザインは、マセラティの伝統そのもの。ルーフからエンジンフードにかけてのなだらかな曲線も、ミッドシップスポーツカーらしからぬ優雅さをたたえていて美しい。

 先ごろ、グラスルーフを標準装備したスパイダー仕様の『MC20チェロ』をリリースしたのも、ピュアスポーツというよりはライフスタイル性を重視するマセラティらしい戦略といえるだろう。

MC20 チェロ

どうしていま、スーパースポーツなのか?

 ところで、なぜマセラティはこのタイミングでMC20をリリースしたのだろうか?

 MC20に搭載されたネットゥーノ・エンジンは、最新のF1パワーユニットと基本的に同じ副燃焼室方式を採用している。これはロードカー用エンジンとして史上初の快挙。しかも、この技術をマセラティは社内で開発したという。これにより、フェラーリと袂を分かっても、独自に高性能エンジンを生み出す能力があることを示すのが目的のひとつだったそうだ。

 そしてもう1点、非常に重要なミッションをMC20は帯びている。

 マセラティ・ジャパンのグレゴリー・ケイ・アダムズ代表は「今後、電動化を進めるマセラティにとって、そのパフォーマンス性を象徴するモデルとしてMC20が必要だった」ことを、私とのインタビューで認めた。マセラティのEVは、間もなく登場する『グランツーリズモ・フォルゴーレ』の最高出力が1200ps以上と見込まれているように、パフォーマンスは極めて高い。それでも、電動化されてからもマセラティが引き続き高性能であることを示唆するために、MC20が必要だったという考え方には十分納得ができる。ちなみにMC20にもEV版のフォルゴーレが投入される計画だ。

 高性能なグランツーリスモとして名を馳せてきたマセラティが、将来的な電動化を見据えて世に送り出したミッドシップスポーツカー。つまり、MC20はマセラティの過去と未来をつなぐという重要な使命を帯びて誕生したのである。