文=渡辺慎太郎
アジアから参加するのはひとりだけ
イタリア・モデナで開催されたマセラティMC20の国際試乗会のインビテーションをいただき、こういうご時勢なのでちょっとだけ悩んだものの、アジアから参加するのは自分ひとりだけという大変光栄なお誘いだったこともあり、万難を排して行ってきました。
「万難を排する」といってもやらなければならないことがけっこう色々とあって、2泊4日の出張のために出国前と渡航中と帰国後に2回の計4回ものPCR検査を受けたし、検査の陰性証明書も英文のものや日本国指定のものなど用意する必要があったし、帰国直後はイタリア滞在よりも長い3泊4日のホテルでの強制隔離があって、その後も帰国から計14日目まで自宅で自主隔離となりました。いっぽう、世界中からメディアを迎え入れるマセラティも徹底した感染症対策を行っていて、スタッフ全員に2日に1度のPCR検査を義務づけ、試乗会中は常にマスク着用で、試乗車は降車のたびに消毒。それらのオペレーションは完璧に遂行され、参加者としては最後まで安心できる対応でした。
マセラティMC20は昨年発表されたスーパースポーツカーで、車名の「MC20」は「マセラティ・コルセ2020」を意味します。世界的な電動化の波にマセラティも乗らざるを得ず、MC20はまずガソリンのV6ツインターボエンジンを搭載し、2022年にはEV仕様も追加導入されることがすでに決まっています。EVはもちろんマセラティ史上初の試みで、だからMC20は新しく生まれ変わるマセラティを象徴するモデルなのです。
このために、マセラティは本社工場に莫大な投資を行い、生産ラインだけでなく、エンジン組み立て工場や塗装工場も新設、自分達ですべて作る「Made in Italy」「Made in Modena」にもこだわっています。実際に工場も見せてもらいましたが、とてもクリーンで明るい環境のもと、粛々と丁寧にMC20が作られていて、1日あたり5台がラインオフしているそうです。
ミッドシップレイアウトのスポーツカー
MC20はエンジンをキャビンの後方に積むミッドシップレイアウトのスポーツカーです。そのキャビン部分はカーボンモノコック製で、その形状から“バスタブ構造”とも呼ばれています。バスタブの前にフロントサスペンション、後ろにパワートレインとリヤサスペンションを締結してボディを被せて、ドアには“バタフライ”式を採用しました。ドアを開けた時の姿がバタフライの泳ぎのスタイルに似ていることがその名の由来で、前方上部に大きく開きます。
エンジンもMC20のために新たに設計開発されました。同じようなボディサイズのフェラーリF8がV8を搭載しているのに対して、マセラティはあえてV6で勝負を挑んでいます。V6の軽量コンパクトというメリットを活かそうという目論見で、パワーについては新技術で補っています。それがF1由来の技術であるプレチャンバーです。通常のプラグ燃焼に加え、副燃焼室で点火した後に火炎をシリンダー内へ送り込む燃焼がプレチャンバー方式といい、このほうが燃焼効率とレスポンスが大幅に向上するため、アクセルを深く踏み込んだ時などの高負荷時に作動します。これにより、630ps/730NmのパワースペックはV8と比べても大きく見劣りせず、0-100km/hのタイムはフェラーリF8と同値を達成しています。
ミッドシップでドアがあんな風に開くいわゆるスーパーカールックのクルマなので、運転はさぞかし大変なんだろうと思うかもしれませんが、そうではないところがMC20の最大の特徴です。「女性でも運転が楽しめる」ことが開発コンセプトのひとつだったそうで、一般道では想像をはるかに超えて乗りやすかったです。ペダルやステアリング操作に対するクルマの反応が決してナーバスではなく、ゆっくり操作してもちゃんとついてくるし、あくまでもドライバーの入力に従順な挙動を見せてくれるので、クルマとの一体感も楽しめます。後方視界はカメラを通した映像がミラーに映し出されるし、前方と左右の見切りも良好なので、モデナ近郊の幅の狭いカントリーロードでも躊躇することなくドライブが楽しめました。
サーキットでのアグレッシブな走り
試乗の最後に用意されていたのはサーキット。ここでは一転、格好やスペックに恥じないアグレッシブな走りを披露します。アクセルの全開と全閉を繰り返すサーキットのような場面ではプレチャンバーの効果が大いに発揮され、パワーデリバリーのレスポンスのよさに何度も驚かされました。このパワーを受け止めるシャシーもしっかりしていて、タイヤの接地感が高くホイールスピンはほとんどなし。常にしっかりと路面を捉え、前輪は進むべき方向を決め、後輪には十分なトラクションがかかり、4つのタイヤがそれぞれの仕事をきちんとこなしていました。連日のように大谷翔平選手の活躍が話題になっていますが、MC20も一般道でもサーキットでもそのポテンシャルを十分に発揮する“二刀流”と言えるでしょう。
インテリアは機能性を重視した中にふんわりとマセラティらしい上質な雰囲気が漂っています。そうえいば、一般道では乗り心地も望外によかったことを書き漏らしていました。静粛性も思いのほか高く、それでも後ろのほうからは心地よいエンジン音だけが耳に届いてくるという、マセラティ流のおもてなしも健在だったのでした。