文=渡辺慎太郎

UX300eは2種類のグレードがあり、違いは装備のみ。“version C”は580万円、“version L”は635万円

控え目に登場したトヨタ初のEV

 タイトルには「レクサス初のEV」と書いたけれど、これは「トヨタ初のEV」でもあります。天下のトヨタ自動車が初めて発売する量産型の電気自動車なのだからもっと盛大に花火を打ち上げてもよかったような気もしますが、どちらかと言えば控え目な登場で、このコラムを読んで初めてその存在を知った方も少なくないのではないでしょうか。こうした消極的プロモーションの背景にはさまざまな事情や都合があるようですが、レクサスUX300eの出来は悪くないないだけに、個人的にはもっと広く周知してもよかったのではないかと思っています。

 ハイブリッドや燃料電池車と比べると、EVはモーターと電池でとりあえず走行できるので、幅広い分野からのEV製造への参入が話題になっています。しかし構造的に複雑でないからといっても、“自動車を作る”のはそう簡単なことではありません。例えば衝突安全性はどうのようにして担保するのか。自動車メーカーは自前の衝突実験施設を有しており、そこでさまざまな衝突実験を行っています。以前、某メーカーの衝突安全担当エンジニアから「まったく同じ車種でまったく同じ条件で衝突実験を行っても、まったく同じように車体が壊れることは絶対にない」と聞かされました。それくらい衝突安全性とは難しく、膨大なデータと経験と実績が必要なのです。

 もうひとつ重要なことは、販売した後のアフターケアです。クルマの寿命は一般的に約30年と言われています。新興メーカーがEVを作って販売しても、本当にその後30年以上も継続的にメンテナンスや部品の供給をしてくれるのでしょうか。クルマはボールペンやUSBケーブルのように調子が悪いからといって簡単に買い換えるわけにもいかず、とても高額で長きに渡って自分の命を預ける製品です。だから自分なんかはやっぱり歴史ある自動車メーカーが作るEVに信頼を置いてしまうのです。

 

見た目はUXそのもの

UXはそもそも全高が1540mmなので、機械式駐車場も利用できるボディサイズを持つSUV。ラゲッジルーム容量は310Lで、58Lのスーツケースなら3個まで搭載可能

 レクサスUX300eは、すでに販売されているUXをEVにコンバートしたモデルです。ゆえに見た目はUXそのもので、でもよくよく観察すると充電ポートが左右のリヤフェンダー上にひとつずつあったり(普通充電用と急速充電用)、リヤドア下に“ELECTRIC”のエンブレムが装着されています。インテリアもエクステリア同様、これまでのUXと大きな違いはありませんが、メーターのグラフィックは300e専用で、シフトレバーがレクサスLCと同様の形状になっています。

 こう書くと、「UXのエンジンとトランスミッションをモーターに置き換えて、ガソリンタンクの代わりにバッテリーを配しただけか」と思われるかもしれません。そうではないところが、自動車作りの難しさに熟知した自動車メーカーが作るEVなのです。

充電時間は普通充電なら30Aで約7時間半、16Aで約14時間。急速充電なら50kWで75%まで約50分、満充電まで約80分

 極端に言えば、ボディはUXのままでも中身のシャシーはUX300eのために新たにわざわざ作り直しています。リチウムイオンバッテリーが床下に敷き詰められていますが、ご存知のようにバッテリーは密度が高く重くそして剛性が極めて高い代物なので、床下は自動的にかなり頑強な構造となります。クルマの真ん中だけが強くなったら、当然のことながら前後のバランスは崩れてしまいます。そこで、前後のサスペンションなどが装着されるサブフレームも改良。タイヤ周りがしっかりすると、今度はそこに繋がっているステアリング系も補強。車両重量が重くなるのでサスペンションのダンパーは専用設計。こうしてEVである300e独自の中身が出来上がったわけです。EVはエンジン搭載車よりも圧倒的に静かなので、いままでは気にならなかった音が耳障りになってきます。そこで小石や水の跳ね返り音を軽減するためアンダーカバーの面積を拡大したり、風切り音を低減する遮音ガラスを採用するなど、レクサスの象徴的性能のひとつである静粛性の向上に関しても徹底的にこだわっています。

 

UXをさらに熟成させた

 こうして出来上がったUX300eは、ノーマルのUXよりもしっとりとした乗り味になっています。床下のバッテリーのおかげで重心が下がり重厚感も増しているし、ステアリング系がしっかりしたのでステアリングフィールも向上しています。動力性能はEVらしさを意図的に強調するものではなく、加速感やパワーデリバリーはガソリンエンジンやハイブリッドから乗り換えても違和感のないセッティングが施されていました。そもそもUXはコンパクトSUVの中では上質な乗り味を備え持つクルマだったので、それがさらに熟成されたようなテイストになっています。

ステアリング裏にあるパドルでは、回生ブレーキの強弱を選択できる。回生ブレーキの具合はUX300e専用のメーターグラフィックに表示される

 公表されている航続距離は367km(WLTCモード)ですが実際は250km前後なので、東京から箱根の往復ぐらいなら充電しなくてもどうにかなるでしょう。「航続距離をもっと増やして欲しい」と思われるかもしれませんが、このボディサイズでは限界でもあります。搭載バッテリーを増やせば航続距離は伸びますが、その代わり室内とラゲッジルームは狭くなるわけで、パッケージとの兼ね合いを考慮すると、これくらいの航続距離が現実的な落としどころなのです。

 近々、レクサスから将来的なロードマップが公表されるようなので、UX300eはその入口のような存在とも言えそうです。

UXはそもそも素性のいいクルマなので、EVになってよりしっとりと大人向けの乗り味になった。レクサスの電動化に関する今後の展開も楽しみである