文=渡辺慎太郎

タイカンは4人乗りが標準で、前に81L、後ろに407Lのトランクを有している

国際試乗会はほとんど中止

 本来であれば、季節が巡るごとに旬の食材や景色や行事を嗜み、それらを積み重ねていくことで「今年もまたこうして無事に年末を迎えた」とある種の充足感を抱えてその年を閉じるわけですが、2020年はまるでエスカレータを逆走しているような、時が経過しても前へ前へと進んでいる実感があまり感じられない、なんとも実態に乏しい1年でした。

 自動車メディア業界でコロナ禍の影響をもっとも受けたのはいわゆる国際試乗会で、そのほとんどが中止を余儀なくされました。国際試乗会は、世界中から自動車メディアやジャーナリストが参集して出来たてほやほやの新型車に試乗するイベントですが、各国の渡航制限措置により行きたくても行けず、真新しいクルマを試すのは日本への到着を待ってからという事態となったわけです。

 そんな2020年に1番乗りたかったクルマに、12月になって日本でようやく出逢うことが出来ました。ポルシェ史上初となるEVのスポーツカー、タイカンです。タイカンに関しては、とりわけ日本の自動車メーカーのエンジニアの皆さんの注目度が高いようで、「タイカン乗りました?」という質問を何度となくいただきました。彼らだけでなく自分もそうですが、タイカンにひとかたならぬ興味を抱くのは、その乗り味がまったく想像付かなかったからです。要するに「EVになってもポルシェなのか否か」が予想できなかったのでした。

 

量産型EVが日本市場へ投入された2020年

 2020年はアウディのe-tronやプジョーのe-208/e-2008やホンダeなど、いくつもの量産型EVが日本市場へ投入された年でもありました。ただしEVにはエンジンがなくモーターで駆動するため、これまでの自動車では当たり前だった“エンジンフィール”や“エンジン音”などが存在しないので、各社の個性をこれまでのように明確化することがなかなか難しいとされています。果たしてその辺りをポルシェがどう料理したのか。そういう気持ちの裏側には、スポーツカーばかりを作ってきたポルシェが手掛けたSUV(=カイエン/マカン)やセダン(パナメーラ)はやっぱりちゃんとポルシェになっていたので、EVになってもきっとそこは外さないだろうという期待もあるのです。

 タイカンのスタイリングは911のようなルーフラインやパナメーラのようなシルエットなど、既存モデルのアイコンが絶妙に散りばめられたポルシェ以外には絶対に見えないものであるいっぽうで、いままでとは違う新しさもあり、目の当たりにするとひとかたならぬ存在感にちょっと及び腰になりました。ボディサイズを911と比べてみると、タイカンのほうが444mm長く114mm幅広く81mm背が高いのですが、同じ4ドアのパナメーラよりは86mm短く29mm幅広く44mm背が低くなっています。要するに911とパナメーラの中間くらいにあって、でも全幅だけはすごく広いということになります。

 

それでも“ターボ”を名乗るポルシェ

 グレードはタイカン4S、タイカン・ターボ、タイカン・ターボSの3種類で、駆動源はモーターなのでもちろんターボは付いていません。それでも“ターボ”を名乗るのは、ポルシェのしきたりを知っている人であれば「S/ターボ/ターボS」が示す動力性能や装備の違いや立ち位置が容易に想像できるからです。まあでもこんなことが許されるのはポルシェだからでしょう。トヨタがやったら炎上間違いなしです。

機械式のスイッチはもはやほとんど見当たらず、タッチ式スイッチで統一されている。「P/D/R」のシフトレバーはステアリングの奥に配置

 ハンドリングや動力性能は期待通り、きちんとポルシェになっていました。ポルシェの特徴はいくつもありますがざっくり言えば、ドライバーの手と足による操作に対してとにかく極めて正確に反応するところにあります。その上、わずかな動きも決して見逃さないので、まさしくドライバーの思うがままに操れるようになっています。いっぽうで「正確に反応する」ということは、例えばコーナーへの進入速度が速すぎるとか、ステアリングを切るタイミングが遅すぎるなど、ドライバーがミスをするとそれもそのまま反映されてしまい、クルマが妙な動きをしてポルシェに叱られることになります。ただ最近のポルシェにはいくつもの優秀な電子制御デバイスが装着されているので、ドライバーのミスを優しく修正してくれるようにもなっています。モーターはエンジンよりもトルクの立ち上がりが圧倒的に速いので、加速力には目を見張るものがあり、タイカンもターボSだと100km/hに到達するまでわずか2.8秒(4Sは4秒)しかかかりません。このパワーを安全に扱うにはそれなりの運転スキルが必要なのですが、電子デバイスがいい塩梅で介入してくれるので安心です。しかしながら911やボクスター/ケイマンに比べると、電子デバイスのサポートはやや積極的で、自分でコントロールしているのか車側でやってくれているのかよく分からなくなる場面もありました。

キャビンのフロア下にバッテリーを敷き詰めているので、重心が低くボディ下の剛性が高い。前後にそれぞれモーターを配置した4輪駆動である

問題は航続距離と充電時間

 タイカンの性能についてはほとんどケチのつけようがないものの、問題はやはり航続距離と充電時間です。グレードにもよりますが、タイカンの実質的な航続距離は300kmから400kmの間。日本の急速充電の規格にも対応しているものの、充電設備にもよりますが残量が10%くらいの場合は30分でおよそ60%まで回復できます。60%といっても走れる距離はせいぜい180kmぐらいで、タイカンのパフォーマンスを満喫しようとアクセルペダルを余分に踏めば踏むほど、当然のことながら航続距離は見る見るうちに少なくなってしまいます。

 航続距離と充電時間はタイカンに限ったものではなく、日本のEV普及の足を引っ張る切実な問題です。脱炭素社会は大いに結構ですが、クルマを電動化にすれば実現できるものではありません。「電動化」とはEVだけを指しているのではなく、ハイブリッドやプラグインハイブリッドも含まれています。このうち、プラグインハイブリッドとEVは充電が必要ですが、例えば全国のガソリンスタンドに充電設備があって、ガソリンや軽油と同じ時間で満タンにできるようにならないと、爆発的普及には至らないでしょう。

ポルシェは独自の充電インフラを日本国内にも配備する予定。専用の高出力急速充電を使えば、5分で100km走行できる電力を蓄えられるという

 そしてもっとも大事なことは、電気を誰がどうやって作るかです。この冬、日本の一部地域では電力不足の事態に陥りました。もしいま、日本のクルマの25%が充電必須の電動車だったらとしたらえらいことになっていたでしょう。しかし日本は現在、発電量の70%以上を火力発電に頼っています。燃料を燃やして電気を作る火力発電はCO2を排出するわけで、クルマ側でCO2を抑えてもあまり意味がないわけです。

 タイカンのようなクルマを日本で思う存分走らせるには、国としての電力に関する施策が必要です。「2030年には脱ガソリン車100%」を掲げていましたが、「じゃあディーゼル車はいいわけね」と思わず突っ込みそうになりました。ガソリンと軽油が同じ燃料だと思っている人たちに、果たして脱炭素社会の実現を任せていいのかどうか、いささか心配です。

脱炭素社会に向けたクルマ側の準備はほぼできている。あとは電気の製造方法と充電インフラの構築にかかっている