5月末、マセラティは『MC20 スパイダー』を発表するとともに、イタリア モデナにて、『MC20』、『グレカーレ』の試乗会を開催した。 今回はこのイベントに参加した、大谷達也氏のリポート、なのだが、その前に、まずは、マセラティとはどんなクルマブランドなのか、いまいちどおさらいしようではないか。

というのも1914年にイタリア モデナで創業したこのメーカーは、そもそもはレーシングカーのコンストラクターとしてアルファロメオのライバルであり、1968年からはシトロエンの傘下にあり、1975年から1993年まではデ・トマソがオーナー、以降はフェラーリやアルファロメオとともに、フィアットグループの傘下に加わり、1997年にはおなじくモデナを起源とするフェラーリの子会社に、2005年にフェラーリから離れ、かつてライバルだったアルファロメオと統合、と、かなりの紆余曲折を辿っており、どの時期に触れたかによっても印象が異なるからだ。

2021年には、フィアット・クライスラー・オートモービルズ(FCA)と、プジョー、シトロエンを擁するフランスのPSAが合併したことで、アバルト、アルファロメオ、クライスラー、シトロエン、ダッジ、DSオートモビルズ、フィアット、ジープ、ランチア、オペル、プジョー、ラム、ヴォクスホールと、驚くほど色鮮やかなブランドを抱える「ステランティス」グループの一員にして、唯一のラグジュアリーカーブランドとなったマセラティ。あらためて「マセラティとはなにか?」を自ら問い直している。『MC20』や『グレカーレ』は、その問への回答でもあるのだ。

マセラティ『MC20』

イタリアのラグジュアリーカーメーカーご近所さん問題。

 フェラーリ、ランボルギーニ、マセラティの3ブランドが、いずれもイタリア東北部のエミリア・ロマーニャ州に本拠を置いていることをご存じだろうか? それどころか、3ブランドの本社が建つマラネロ、サンタガータ・ボロネーゼ、モデナの3都市は、いずれも半径20kmほどの範囲内に収まっている。イタリアを、いや世界を代表するハイパフォーマンスカーブランドが、これほど狭い地域に肩を寄せ合うようにして並び立っているという事実は、実に興味深いではないか。

 この3社以外にもイタリアの北部には自動車メーカーがひしめき合っている。たとえばフィアットとランチアはトリノ、アルファロメオはミラノが発祥の地で、いずれもイタリアの北部といって間違いない。ただし、モデナからトリノまではおよそ300kmも離れている。それに、フェラーリ、ランボルギーニ、マセラティのようなハイパフォーマンスカーに比べると、フィアット、アルファロメオ、ランチアは「純粋な速さ」という面で一歩引けを取る。やはり、エミリア・ロマーニャ州は高性能車作りに長けた地域というか、特別な土壌があるように思えて仕方がない。

 その理由の一端を知ることができたのは、昨年11月にマセラティのコレクションとして世界的に有名なパニーニ・ミュージアムを訪れたときのことだった。

エミリア・ロマーニャのテロワール

マセラティ『 A6GCS/53』
ピニン・ファリーナによってデザインされたベルリネッタモデルで1954年製作。この時期のマセラティを代表するクルマのひとつ

 パニーニ・ミュージアム所蔵のマセラティ車は、もともとマセラティ自身が所有するコレクションだった。ところが、1993年まで同社のオーナーだったデ・トマソ・グループ(こちらももともとはモデナに本拠を置く高性能車メーカーだった)がその株式をフィアットに売却した際、所蔵車の多くはマセラティに返還されたのだが、これとは別に彼らの手元に残っていた19台をイギリスのオークションで売却するとデ・トマソ・グループは発表。これに驚いたモデナ市関係者などが尽力した結果、モデナのウンベルト・パニーニ氏を筆頭とするパニーニ家がこれらを購入し、パニーニ・ミュージアムを設立したという。現在、同ミュージアムの運営はウンベルト氏のふたりの息子に委ねられている。

 マセラティの招待で同ミュージアムを訪れた私は、幸運にもパニーニ兄弟からマセラティの歴史やミュージアムについて詳しく説明を受ける機会を得た。そこで特に興味深かったのが、ふたりが聞かせてくれたこんな話だった。

「もともとエミリア・ロマーニャ州は牧畜や酪農がさかんで、男たちは子供の頃からトラクターの農機具などに親しんでいます。だから、エミリア・ロマーニャ州の男がエンジンやクルマに関心を持つのは、ごく自然なことなんですよ」

 ちょっと強引な話に聞こえなくもないが、エミリア・ロマーニャ州といえばパルミジャーノ・レッジャーノ、バルサミコ、パルマハム、ボローニャソーセージなどの食材で世界的に有名なことは事実。しかも、ランボルギーニの創業者であるフェルッチオ・ランボルギーニが、もともとトラクター製造業で財を成したのもよく知られた話である。また、パニーニ・ミュージアム自体も同家が所有する広大な農地の一画に立てられたもので、建物の外側にはトラクターのコレクションがずらりと並んでいて、なかなか壮観だった。したがって、パニーニ兄弟の話にも頷ける部分はあるように思う。

フェラーリ ランボルギーニ マセラティ

 続いて、この3ブランドの違いを解き明かしてみることにしよう。

 フェラーリはモータースポーツに強く根ざしたスポーツカーブランドだ。V12エンジンに代表される強力なパワートレインを積み、傑出したパフォーマンスを生み出すいっぽうで、エレガントで流麗なボディが与えられていることも彼らの特徴といっていい。

 第二次世界大戦後に興したトラクター製造業で大成功を収めたフェルッチオ・ランボルギーニは、スポーツカーにも深い関心を抱いていて、フェラーリなどを愛用していたと伝えられる。ところが、彼は「世界最高のスポーツカー」を自らの手で作ることを夢見て1963年にアウトモビリ・フェルッチォ・ランボルギーニを設立。こちらも当初より強力なV12エンジンを搭載することを特徴としていたが、フェルッチオ自身の強い意向により、設立当初はモータースポーツに参戦しなかったことはフェラーリと対照的。また、現在に続くランボルギーニ・デザインの基礎を築いたのは、全高が極端に低くてクサビ型をしたカウンタックで、その直線的でアグレッシブなデザインは、フェラーリの優雅なスタイリングとは大きく異なっている。

 では、マセラティはどうか? 

 マセラティも1914年に創設された当初よりモータースポーツ活動に積極的に取り組んでおり、1950年代にはマセラティF250に乗るファン-エマヌエル・ファンジオがF1グランプリのチャンピオンに輝いたほど。

1961年「ニュルブルクリンク1000kmレース」で勝利した『TIPO 61』(左)とその発展型でありミッドマウントエンジンを採用した『TIPO63』(右)。「バードケージ」とよばれる細いパイプを組み合わせて造られたシャシーで有名。

 しかし、1960年代に入るとモータースポーツから遠ざかり、高性能なグランドツーリスモの開発に注力していく。そして1970年代を迎えると『ボーラ』や『メラク』といったミッドシップカーを発売し、フェラーリやランボルギーニとの距離感が一気に縮まったようにも思えたが、そういったモデルも含め、「長距離ドライビングを快適にこなす豪華で高性能なグランドツアラー」との位置づけはそれ以前と変わらなかった。

マセラティ メラク

 前述のパニーニ兄弟は、マセラティの魅力についてこんなふうに語ってくれた。

「フェラーリやランボルギーニのようなピュアスポーツカーとは異なり、マセラティはあくまでもグランドツーリスモです。そして優雅なデザインを大きな特徴としています。フェラーリのような超有名ブランドではなく、それよりも控えめで上品なマセラティは、モデナの人々の気質にぴったりとあっているように思います」

 そんなマセラティが、近年大きく変わりつつある。1993年にフェラーリがマセラティの親会社となって以降、マラネロ製V8エンジンを積んだマセラティが数多く誕生したが、フェラーリの株式上場に伴って両者は別々の道を歩き始めた。そしてFCAのメンバーだったマセラティはスティランティス・グループの一員となり、グループ唯一のラグジュアリー・ブランドとしてその存在感を強めているのだ

 なかでも注目すべきは、近年、マセラティの品質感、洗練度、パフォーマンスなどが大きく向上した点にある。とりわけ、最近発表されたミッドシップスポーツの『MC20』やミドルクラスSUVの『グレカーレ』などの進化には目を見張るばかり。そこで私は、去る5月にマセラティ本社でダヴィデ・グラッソCEOにインタビューした際、彼らの製品が急速に進化している理由について訊ねてみたのである。

左からマセラティデザインのヘッド クラウス・ブッセ、プロダクトプラニングのヘッド フランチェスコ・トノン、CEO ダヴィデ・グラッソ、チーフ・コマーシャル・オフィサー ベルナール・ロワール

「マセラティ本来の輝きを取り戻すためには何が必要かについて社内で議論を重ねました」とグラッソCEO。「その結果、デザインは素晴らしいけれど、ブランド性や品質面に関しては改善の余地があるとの結論に達しました。この点は、とりわけラグジュアリーブランドにとっては重要な問題です。そこで私たちは製品に革新性を盛り込み、品質を向上させることにしました。そうした努力の結果は、グレカーレなどをご覧になっていただければわかると思います」

 エレガントなデザイン、ピュアスポーツとはひと味異なるグランツーリスモというキャラクターを武器にしながら、先端技術の導入と品質向上に取り組むマセラティの今後に期待したい。