2022年7月初頭。JBpress autograph編集長 鈴木は、イゼオ湖周辺にいた。世界的に高く評価されるイタリアのスパークリングワイン『フランチャコルタ』とともに。

これは、フランチャコルタの現地取材記だ。
 

エンリコ・ガッティ フランチャコルタ ロゼ
1975年に建設業を営んでいたエンリコ・ガッティがスタートしたワイナリー。ワイナリーに合流した子どもたちとともに1986年にワイナリー初のフランチャコルタをリリースした。

はじめに

「良いワインは複雑なものだ」と僕はおもっている。だけれど、ここにその例外がある。それが世界最高のスパークリングワインのひとつ『フランチャコルタ』だ。なぜ、このワインは例外的なのかずっと不思議だった。

ここ、というのはイタリアの北、ロンバルディア地方のイゼオ湖周辺。このエリアとここで産出されるスパークリングワインをともに『フランチャコルタ』という。

イゼオ湖

僕が不思議におもっているのはワインの方。だけれど、おそらく、不思議の理由は、この場所にあるはず。2022年7月初頭、僕はついにフランチャコルタ訪問がかなった。

そして、訪れてみると、僕の疑問は意外とあっさりと解決したのだった。

良いワイン=複雑理論

まず、なぜ良いワインは複雑だと僕がおもっているのかを説明したい。

ワインの原料はブドウで、ブドウは果樹になるフルーツだ。だから、ブドウ収穫後、樹から余分な枝を落とし、冬の寒さから守ると、春、ブドウ樹は蔓を伸ばし、葉をつけ、花を咲かせ、夏、再び実をならせる。

この果実を収穫し、実から果汁を得て、それを発酵させた液体を別の容器に移し、熟成させたのち、仕上げを施して瓶詰めすることで、ワインという商品が完成する。

この各工程は、やろうと思えばかなりの手間暇をかけられる。そして、そうすればするほど、ワインの製造コストは上がって行く。そのコストは売価に転嫁される。

つまり、値段の高いワインとは手間暇かかっているワインだ。微に入り細に入り、こだわったワインといってもいい。

ゆえに、高級ワインは得てして、大げさだ。「あえて」「わざわざ」仕事して、その分、高い値段で売るのだから、自己主張としても顧客サービスとしても、ドラマチックになるのは当然だとおもう。

スパークリングワインで言えばシャンパーニュ。高級なそれの、なんと饒舌なことか。見た目に華やか、グラスから立ち上るアロマは香ばしくも爽やかで、期待がふくらむ。しかし、口に含むとまずは静寂。そこからわっと花が開き、四季をめぐる。五感にとどまる残響が、次の一口を誘う。交響曲、俳句、あるいは人生そのもの? そんなワインだ。

ところが、フランチャコルタなるこのワインはどうだろう? 驚くほどあっさりと分かりやすくはないか? 裏表なく、秘密もなく。手の内は最初に全部バラしてしまう。シャンパーニュと比べた場合、販売価格には双方ある程度のバラツキこそあれ、製造コストはさして変わりはあるまい。

だったらどうして、もっと見栄をはらないのか? なぜ、もっと難しい言葉で話さないのか?

僕はそれが解せなかった。

分かりやすい=安っぽいではない

誤解なきよう補足したい。ここで僕が言う「分かりやすい」というのは、安いっぽいことを意味しない

ドラマチックなワインというのは、時間軸方向に変化が大きい。フランチャコルタにこれがない、とは言わないけれど、シャンパーニュとフランチャコルタを比べた場合のもっとも分かりやすい違いは、時間軸方向の変化量で、フランチャコルタはこれが少ない。

口に含んでからそれを飲み込むまでもそうだし、温度による変化も少ない。

一方、ワインが安いか高いかは、液体が持つ情報量を比べると理解しやすい。製造にコストをかけられないワインは、情報量が少なくなる傾向にある。これは256x256ドットに48色しか使えなかった40年前のコンピューターが描く画像と今のフルカラー4Kディスプレイを使えるコンピューターの画像との差異のようなもの。40年前の画像のほうが味がある、という場合もあるけれど、限界値には絶対的な差がある。

ただこの情報量の差は、ワインの場合、ある程度、飲み慣れていないと分かりづらい。Full HDと4Kを比べた場合「どっちもキレイ」という印象になるのは往々にしてあることだからだ。

例外がたくさんあることを承知で言うけれど、フランチャコルタは情報量は多い。しかし時間軸方向への変化は少ない。だから、分かりやすいと感じやすい。

フランチャコルタはミラノのワイン

もちろんこれが、地元で造って地元で飲む、ご当地ワインだったら、その里山経済にとやかく言う気もなくなる。しかしフランチャコルタはミラノと非常に深い関係があるから、やっぱり気になる。

ミラノといえばイタリアのファッションの都で、ファッション・ウィークともなれば、各ブランドのパーティーに世界のファッショニスタが集い、フランチャコルタで乾杯する。

そう、これは「パリのセレブがシャンパーニュを飲んでます」の構図と一緒。グループに優れたシャンパーニュメゾンを多数抱えるLVMHチーム以外、アルマーニ、グッチ、ブルガリ、プラダといったイタリアンラグジュアリーブランドはフランチャコルタで乾杯する。

パリからシャンパーニュまでの距離が大体140kmくらい。ミラノからフランチャコルタまでが100kmくらい、という、都会から位置が近いという条件も大体一緒だ。

「なのにどうして、フランチャコルタとシャンパーニュはこんなに方向性が違うの?」

このナイーブな質問にフランチャコルタに対する誤解があったことを教えてくれたのが、現在、フランチャコルタ協会の会長職にあるワイナリー『バローネ・ピッツィーニ』の副社長 シルヴァーノ・ブレシャニーニさんだった。

シルヴァーノ・ブレシャニーニ