運転中に「タイヤがいま、どのくらい路面を捉えているか?」と考えることはあるだろうか? 実はこれを考えて運転することは、クルマがいかに高性能になろうとも変わらない、安全で乗り心地のよい運転にとっての基本中の基本だ。そして、「技術による先進」を掲げ、磨き上げられたアウディの味わいも、これを知ると知らないでは、その深みがちがってくる。

フィンランドで開催されている「アウディ・ドライビング・エクスペリエンス」の「アイス・エクスペリエンス」はその事実を理論と体験で教えてくれるアウディ伝統の人気イベント。

今回はこれに参加した大谷達也が、クルマの物理を紹介する。

氷上での運転体験は日常の運転も変える

 ドイツ本国で主催されているアウディ・ドライビング・エクスペリエンスに参加してきた。それもアイス・エクスペリエンスといって、フィンランドの氷結湖をアウディRS4アヴァントで2日半にわたって走りまくるという贅沢なプログラム。実はこれ、あまりに人気で、なかなか予約がとれないプレミアム・コースだそうだ。ところが今回は、アウディ・ジャパンが日本のファンのために特別に参加枠を確保。これに申し込んだ5名の日本人が参加することになった。私も皆さんに同行する形でアウディ・ドライビング・エクスペリエンスを体験してきたので、その魅力を、ここで存分にご紹介したい。

拠点となるホテルにずらりと並ぶアウディRS4アヴァント。会場となるコースは、このすぐそば

 それにしても、なぜクルマ好きはスノー・ドライビングやアイス・ドライビングに惹かれるのだろうか?

 タイヤが路面を捉える力が極端に低くなる雪道や氷道では、ドライ路面よりもはるかに低い速度でクルマがスライドし始めるため、ドリフトコントロールが安全に学べるというのは、間違いなくその大きなメリットのひとつだと思う。

 とはいえ、通常のドライビングでドリフトを操らなければいけないシチュエーションは希だろう。ましてや、雪国に住んでいるとか、スキーやスノーボードが趣味の方でなければ、スノー・ドライビングやアイス・ドライビングを積極的に学ぶ必要性は低いようにも思える。

 でも、タイヤを滑らさない範囲のドライビングに限っても、スノー・ドライビングやアイス・ドライビングから学び取れることは少なくないと思う。

 たとえば、しっかりと前輪に荷重をかけてカーブを曲がると、クルマの姿勢は驚くほど安定する。安定した姿勢でカーブを曲がれば同乗者にとっても安心だし、万一、路面が急に滑りやすい状態に変わっていたとしてもリスクを最小限に留めることができる。そういった、あくまでも日常的なシーンのなかでも、安心や安全の面でワンランク上のドライビングを学ぶスノー・ドライビングやアイス・ドライビングはとても有効だ。

日本ではなかなかお目にかかれないスタッド付きスノータイヤ。これを持ってしても氷上ではグリップは簡単に失われる

 まあ、そこまで難しい話をしなくても、RS4のようなハイパフォーマンスカーを自分のコントロール下において操るのは、理屈抜きに楽しい。つまり、普段のドライビングに役立つうえにエキサイティングなのだから、クルマ好きがスノー・ドライビングやアイス・ドライビングに惹かれるのはある意味で自然なことだろう。

フリクション・サークルを知るべし!

 今回のアイス・エクスペリエンスで会場となったのはフィンランド北部のムオニオ湖。その全長は2kmほどなので、湖として特別大きいわけではないかもしれないが、湖全体が氷結し、そこに低速から高速まで様々な速度域のコーナーが設定されているのだから、勉強にならないわけがない。しかも、コースの周囲は雪の壁で覆われているので、万一コースアウトしてもクルマにダメージを与える危険性は低い。この辺も、思いっきりスノー・ドライビング/アイス・ドライビングを学べるポイントのひとつといえる。

 カリキュラムは例によって座学に始まるのだけれど、スポーツドライビングの基礎中の基礎というべきフリクションサークルの概念と荷重移動のポイントを、これほどわかりやすく説明してもらったのは初めて。しかもクドクドとした前置きもないので、実戦で必要なことをスピーディーに学べる。この座学を受けただけでも、これはなかなかのモノだと感じた。

 ご存知のない方のためにその概略をざっと説明すると、タイヤが発揮するグリップ力は大きく分けて縦方向(駆動力やブレーキング)と横方向(コーナリング)に分けられるけれど、このふたつの仕事を同時にこなすときには、縦方向と横方向の力の合計でグリップ力の限界が決まる。もう少し端的にいえば、縦方向のグリップ力を大きく使っていると、自然と横方向のグリップが減るので、たとえば加速中やブレーキング中はコーナリングの限界性能が下がってしまうことになる。つまり、コーナリングの性能を最大限に引き出したいなら加速やブレーキングは避けたほうがいいし、加速やブレーキングの性能を最大限引き出したいならコーナリングはできるだけ避けたほうがいいことになる。これがフリクション・サークルの原理である。

荷重移動を知るべし!

 いっぽう、タイヤが生み出すグリップ力は、タイヤの性能と路面の滑りやすさだけで決まるのではなく、「1本1本のタイヤにどれだけクルマの重さがかかっているか」でも変化する。机の上に置いた消しゴムを上から手で押さえつけると、消しゴムを動かすのにより大きな力が必要になる。これは、消しゴムをタイヤ、机を路面と考えれば、タイヤのグリップ力が増したと捉えることができる。

 では、「1本1本のタイヤにかけられるクルマの重さ」をどうやってコントロールできるかといえば、ひとつは加速や減速。加速すれば、クルマは後ろに傾いてリアタイヤにより大きな重さが加わるし、減速をすればクルマは前に傾いてフロントタイヤに大きな重さが加わる。だから、リアタイヤをよりグリップさせたいときには加速をすればいいし、フロントタイヤをよりグリップさせたいときはブレーキをかければいい。同様に、コーナリングすると外側のタイヤにクルマの重さがかかり、より大きなグリップを生み出してくれる。こうして、加速、減速、コーナリングなどを駆使して、「どのタイヤにどのくらいの重さをかけるか?」という操作のことを荷重移動といい、これによってクルマが曲がりやすさをコントロールするのは、スポーツドライビングの重要なテクニックのひとつとされている。

 この理論を、最初のカリキュラムで早速、実践してみせるというのも、アイス・エクスペリエンスらしいスピーディな展開といえる。