SUVという曖昧な自動車語の使用を拒否するフェラーリ。その真意はどこにあるのか? フェラーリ史上初の4ドア4シーター『プロサングエ』。そのお披露目に立ち会った大谷達也が、ステアリングを握る。
SUVとは言わない
北イタリアのスキーリゾートで、フェラーリ『プロサングエ』に試乗するチャンスにようやく恵まれた。
昨年の秋に発表されたプロサングエは、フェラーリ初の4ドア・4シーター・モデル。しかも車高が1589mmと高く4輪駆動とされていることから、巷では「ついにフェラーリがSUVを作った!」と大騒ぎになった。そのなかには「SUVに手を出すなんて、フェラーリも堕落したもんだ」という否定的な意見が混じっていたのも事実である。
そうしたネガティブな反応をあらかじめ予想していたからか、フェラーリはプロサングエがSUVとは一切、認めてこなかった。この辺は、ロールス・ロイスがカリナンのことをSUVと呼ばず、単に「High-Bodied Vehicle(背の高いクルマ)」と位置づけていたこととよく似ている。
けれども、実際にプロサングエに試乗してみて、マラネロがこれをSUVと呼びたがらない理由が、よく理解できた。
その本性はおだやか
一般道を軽く流す範囲でいえば、プロサングエは実に静かで、乗り心地も快適。フロントに搭載された自然吸気V12エンジンもその存在を過度に主張することなく、ほぼ無言のまま分厚いトルクのみを生み出してくれる。ただ、ブレーキングやコーナリングに伴うピッチングならびにローリングといったボディの揺れが極端に小さい点が異例なだけで、これを除けば、プロサングエに乗っている印象は、よくできたスポーツサルーンとごく近いものがある。
従来のフェラーリのなかにも、クルージング中はエンジン音があまり目立たず、車内がまずまず静かに保たれるモデルはなきにしもあらずだった。そうしたモデルでも、スロットルペダルをやや強めに踏み込めば、V8ではれば野太いバリトンを、V12であれば澄み切ったソプラノを聞かせるのが常。言い換えれば、普段はガマンしているけれど、ドライバーが少しでもやる気になれば、直ちに朗々とした歌声を響かせるのがフェラーリ流で、静かなのはあくまでも「本性を隠しているだけ」といえなくもなかった。
けれども、プロサングエはこの点が正反対。静かで快適なのが“デフォルト”で、ドライバーが強く望んだときのみ、V12サウンドを響かせてくれるのだ。
その音色が、澄み切っていて雑味分の少ないタイプであることは従来どおり。ただし、木管楽器を思わせるまろやかな高音が特徴的な812スーパーファストとは異なり、極めてスムーズなメカニカルノイズが中心となるところがプロサングエの特徴。もっとも、そのどこまでも澄んだサウンドが、6000rpmから7000rpmを越え、8000rpmに迫るころになると、それこそ絹を裂くような刺激的な色合いを帯びてきて、ドライバーを激しく興奮させる。その意味でいえば、プロサングエも既存のフェラーリとなんら変わらない官能性を備えているのである。
ハンドリングはフェラーリ
ワインディングロードでのハンドリングもまた、クルージング時の穏やかな表情からは信じられないくらいシャープでダイナミックなものだった。
前述のとおり、プロサングエのローリングやピッチングは極めて抑制的。このため、全高が1589mmあっても、コーナーに向けてステアリングを切り込めば瞬時に体勢が整い、素早くコーナーに進入していくことができる。これは、ターンインでロールが始まり、この動きが収まったところでコーナーに進入していくことになる一般的なSUVとは似ても似つかないもの。したがって、プロサングエを操っているとコーナーの入り口で待たされることなく、素早くリズミカルにノーズの向きを変えることができるのだ。その素早い反応は、従来のフェラーリとほとんど遜色がないといっていいだろう。
いっぽうで、力強さと優雅さを兼ね備えたエクステリアデザインはフェラーリの新時代を切り開くもの。1.6m近い全高を意識させないプロポーションも、フェラーリ・チェントロスティーレの力量を示している。そしてキャビンにはコクピット的なデザイン要素も盛り込まれているが、上質な素材とセンスのいい色合いを組み合わせることで、極めてエレガントな世界を生み出している。これもまた、フェラーリにとっては新しい世界観というべきものだ。
結果としてプロサングエは、フェラーリらしい魅力をなにひとつ諦めることなく、これまでにない快適性や使い勝手を手に入れることに成功した。それらは、フェラーリ・オーナーが日常的にガマンしていたものともいえる。けれども、プロサングエであれば、もはやなにひとつガマンすることなく、フェラーリの美しい世界のみを味わえる。今回、私たちは何度かミスコースし、そのたびに縁石を乗り越えてUターンすることになったが、最低地上高が低く、タイヤのサイドウォールも極端に背が低いフェラーリのスーパースポーツカーであれば、こんな振る舞いは許せなかったはず。これだけでも、フェラーリ・オーナーがプロサングエのキーを手に取る機会は確実に増えることだろう。
パフォーマンスとユーティリティの高度な融合
試乗を終えたいま、私は自信を持ってこう言える。フェラーリは、ただ背が高いSUVを作ったわけではない。彼らは、“跳ね馬”が伝統的に備えてきた情熱とパフォーマンスを、現代的な快適性やスペースユーティリティと融合させることに成功したのだ。こうした、ある種のブレイクスルーを実現するうえで活用されたのが、フェラーリ初のアクティブサスペンションに代表される数々の最新テクノロジーだった。
だから、プロサングエの誕生によってフェラーリのブランドイメージが傷つくことはなく、むしろその価値は高まったといえる。事実、すでに世界中のフェラーリ・ファンがプロサングエをオーダーしており、その納期は短くても1年半程度とされる。つまり、またしても“跳ね馬”の威厳は保たれたのである。