大谷 達也:自動車ライター

ドリフトができるとそれはそれで難しい

 2021年にポルシェ・ブランドの体験施設としてオープンした「ポルシェ・エクスペリエンス・センター東京(略称“PEC東京”。所在地:千葉県木更津市)」が新たな体験プログラム“G-Force”を設定し、すでに一般からの予約を受け付けている。

 G-Forceは、既存の体験プログラムのワンランク上に位置するもので、より不安定なドライビング・コンディションにおけるマシン・コントロールの習得を目的としている。

 そのメニューは「キックプレート」「ハーフスピンターン180°」「ロードコース」「スキッドパッド」の4つで構成される。名称そのものは通常の体験プログラムと代わらないものも含まれているが、内容はまったくの別物といって構わない。

 たとえばキックプレートは、摩擦係数が低いウェット路で、瞬時にして路面が左右にずれる機構を備えた施設。ここを通過中に路面が左右にずれれば車両はスピンモードに陥るので、これを防ぐためカウンターステアをあてるのが通常の体験プログラム。いっぽうのG-Forceでは、わざとスピンモードに陥らせたのち、ステアリングとスロットルを使ってスピンモードをさらに加速。クルマを360度回転させることを目指す。

まずは車両を向けたい方向にステアリングを切って加速する

 具体的には、クルマの回転角度でおよそ90度まではスピンするのと同じ向きにステアリングを切って回転を加速させたのち、90度から270度まではカウンターステアを当て、最後はスロットルペダルを踏み込んで車両の回転を止めるという操作を行なう。

 ここでは、スピンモード中に車両の回転角度に応じてタイミングよくステアリングを操作するのも難しいが、それ以上にドライバーの頭を混乱させるのが、車両をコントロールする際に求められるスロットル操作である。

90度以上の回転角度になったら回転方向とは逆にステアリングを切って横滑りの状態をつくるのがいわゆるドリフトだが、このプログラムではクルマを一回転させて停止させるのがゴール

 一般的にいって、後輪駆動でスピンモード中にスロットルペダルを踏み込めば、スピンモードはさらに加速されるから、もしもクルマの回転角度が不足していると思ったら、スロットルペダルをさらに踏み込みたくなるのが人情。しかし、リアエンジン・リアドライブの911で同じことをすると、加速状態=リア下がりとなって後輪荷重が増し、結果としてリアタイヤのグリップが回復してスピンモードを抑え込んでしまうことにもなるのでややこしい。

 その証拠に、このプログラムでは360度回転したところ(実際にはもう少し手前だが)でスロットルペダルを踏み込み、スピンモードを止めることが求められる。しかし、カウンターステア中のスロットルコントロールが身体に染み込んでしまっている私には、その逆の操作をすることが難しく、4つあるメニューのなかでこれだけ最後までマスターできなかった。G-Forceは、それほどの難コースなのである。

映画でよく見るアレも練習できる!

 スキッドパッドのメニューも、通常とはまったく異なっている。摩擦係数の低い円形のコースで、ドリフト状態のままグルグルと回り続けるのが一般的なスキッドパッドの走り方(これを定常円旋回という)だが、G-Forceではスキッドパッド上の何ヵ所かにパイロン(セーフティコーン)が並べられていて、この間を通過するように指示される。つまり、純粋な円ではなく、もう少し複雑なラインを描きながらできるだけドリフト状態を長く保つというのが、G-Forceのスキッドパッドなのだ。

 実は、定常円旋回を長く続けようとする場合でもステアリングやスロットルを微妙にコントロールし続ける必要がある。それは、スキッドパッドが完全な水平ではなく、路面の摩擦係数も場所によって微妙に異なるからだが、G-Forceのプログラムでは、さらにステアリングやスロットルを積極的にコントロールしない限り、設定されたコースはクリアできない。この、ドリフトした状態で狙ったラインをトレースするというのが、実に“ムズイ”のだが、それができたときの喜び、達成感は定常円旋回の比ではない。私自身は、インストラクターの適切なアドバイスにより、2〜3度チャレンジすることでおおむねマスターできた。

 ハーフバックスピンターン180°も、体験プログラムにはない、G-Forceだけのメニューだ。

 アクション映画のカーチェイスで、敵から逃れようとする主人公がクルマを勢いよく後退させた後で急ハンドルを切り、180度スピンさせたところで前方に加速。悪役から逃れるシーンをご覧になった方もいるだろう。これがバックスピンターン。その回転角をできるだけ180度に近づけるのが、このメニューの目標である。G-Forceでは初速40km/hで後退する状況からバックスピンターンを行なうのだが、初めて試すドライバーにはなかなかスリリングな体験のはず。生意気なことをいうようだが、私は、これは一発でクリアできた。

ポルシェ・エクスペリエンス・センター東京 全景

最後は磨いた腕でコースを走る

 最後のロードコースは、PEC東京名物のコースを、できるだけスムーズに、流れるように走行するというもの。それだけだと簡単なようにも聞こえるが、コーナーの進入や脱出で、できるだけ一定の舵角、スロットル開度、ブレーキ踏力を保つには、極めて正確にタイミングや操作量をコントロールしなければいけない。これはこれで、極めて高いスキルが求められるドライビングといえるだろう。

 ここまで紹介してきたとおり、G-Forceのメニューを完璧にクリアするには、かなり高度な運転技量が求められる。だから腕を磨くには間違いなく役に立つはずだが、G-Forceで特徴的なのは、ややもすれば難しくて退屈なものになりかねないカリキュラムを、クルマの動きとしてダイナミックかつエキサイティングなものにすることで、楽しみながらテクニックを向上できる点にある。これがG-Forceの最大の特色といっていいだろう。