1613年創業のパリのジュエラー、メレリオは世界最古クラスの老舗。4世紀を超える歴史を誇り、ヨーロッパ各国では今なお王室コレクションにメレリオの宝飾品を見ることができる。王侯貴族やグランブルジョワたちを長きにわたって顧客としてきたが、メレリオは今、より若々しくスタイリッシュなメゾンへと華麗なる変貌を遂げようとしている。

アーカイブはフランス史を物語る貴重な資料の宝庫

先日、ルーヴル美術館に強盗が入り、フランス王ルイ・フィリップの妃マリー・アメリーや、皇帝ナポレオン3世の妃ウジェニーの宝飾品が盗まれて大騒動となった。メレリオは今回の盗難品とは関わりがなかったものの、マリー・アメリーとウジェニーはメゾンの最も重要な顧客たちに数えられる。特に第二帝政期は、メレリオが芸術的な頂点を迎えた時期でもあったからだ。

「ラペ通り9番地のパリ本店の地下には、ジュエリー界で最も貴重といわれる歴史的資料を保管したアーカイブがあります」と語る、ロール=イザベル・メレリオ。アーティスティックディレクターであり、14代目当主だった夫ローラン・メレリオの亡き後、トップとしてメゾンを率いる立場にもある。

メレリオのプレジデント兼アーティスティックディレクター、ロール=イザベル・メレリオ

「ずっと同族経営であったことから、非常に古い顧客台帳やデッサンが残されているのです。今もなおファミリービジネスを続けているため、代々続くお客さまにも変わらぬ対応ができますし、人間味のある温かな関係を密接に築き上げることができるのも、独立したメゾンならではの強みです」

オスマンのパリ改造前からある建物の地下に降り、古色蒼然としたアーカイブに入ると、そこはまるでタイムカプセルのようだ。分厚い台帳は最も古いもので18世紀から保管され、描かれたデッサンの蓄積は数千点にも及ぶという。ナポレオン1世の時代には、妃ジョゼフィーヌのオーダーが週に1回のペースというひんぱんさで台帳に書き込まれていたそうだ。

アメシストを使った壮麗なパリュール(セットジュエリー)。1825年製、メレリオ パリ所蔵

国王暗殺?! 危機を救ったほうびとして与えられたものは

メレリオ創業のエピソードはなかなかドラマティックなので、ここに書き添えておこう。

一族のルーツは北イタリアのロンバルディア地方。16世紀のイタリア戦争のさなかに小さな村からアルプスを越え、行商人としてフランスにやってきた。そして同郷人たちとパリで暮らすうち、思いもよらぬ大きな転機が訪れる。

ある日、同郷の少年が煙突にもぐって煤をかき落としていると(当時、煙突掃除は子どもの仕事だった)、下の部屋から何やら密談の声がもれ聞こえてくる。フランス国王ルイ13世を暗殺せよ──。少年はあわてて親方衆へ知らせに走った。親方衆の中にはメレリオ家の男もおり、彼らは王の摂政母后マリー・ド・メディシスに陰謀を注進。かくして暗殺者は捕らえられた。

息子である王の命を救ったほうびとしてマリー・ド・メディシスが忠実なロンバルディア人たちに与えたのは、王家の庇護。フランス全土で装身具や小物を行商する特権を許したのだ。組合に縛られずに国内を自由に売り歩けることは、大きな飛躍のきっかけだった。この1613年をメレリオは創業年としている。

マリー・アントワネットが1780年にジャン=バティスト・メレリオから買い上げたとされるカメオのブレスレット

ヴェルサイユに出入りする王妃の宝石商として

特権はルイ13世以降もずっと続いた。あるとき、ヴェルサイユ宮殿の門前でジャン=バティスト・メレリオが装身具を並べた露店を出すと、散歩帰りの王妃マリー・アントワネット一行がそれに気づき、目を輝かせて買い上げた。それからメレリオは宮殿に出入りするようになり、王族や貴族の間で名が広まっていったという。

現代のコレクション『ジャルダン・デ・レーヴ』は、恩あるマリー・アントワネットにちなんだデザインだ。モチーフとなったのはパイナップル。ヴェルサイユ宮殿にある王妃のプティ・アパルトマンの壁に、パイナップルを描いた織物が飾られている のだ。ジャン=バティストも、もしかしたらその部屋でジュエリーの注文を受けたのかもしれない。

左:マリー・アントワネットにちなんだ『ジャルダン・デ・レーヴ』ネックレスとイヤリング。参考商品。 右:王妃のプティ・アパルトマンを飾る更紗文様のトワル。Petits Appartements de Marie Antoinette, Château de Versailles

ゴールドのメダイユが現代女性たちの心をとらえる

それほどの歴史的背景をもつ老舗でありながら、ロール=イザベルが手がけるジュエリーはどれもモダンでみずみずしい印象。小さなお守りのようなメダイユや、オーバーサイズなタリスマンなどは、いくつも重ねて自由に楽しめるようになっている。

「私は美術史を学び、今も古典絵画に親しんでいるのですが、メダイユを背中側に下げたルネサンス期の女性の絵を見つけて、そこからインスピレーションを得たのです。星をちりばめたモチーフはゴッホの絵画『星月夜』が、孔雀の羽のモチーフは皇妃ウジェニーが購入したヒストリカルピースが、それぞれインスピレーションの源になっています」

左:メダイユ『スターリー ナイト』『ドラゴンフライ』『スパイダー』『ビートル』『タートル』『クローバー』。 右:皇妃ウジェニーのブローチから想を得た『タリスマン メダル パオン』。

ブラジル人ジュエラーと異例のコラボ

2025年に発表されたユニークな新作は『ア・クイーンズ・スプリング(女王の春)』と名づけられたジュエリーボックスだ。ブラジルのジュエラー、シルヴィア・フルマノヴィッチが制作したもので、日本の屏風から着想を得た花柄がウッドマルケトリの技法で描かれている。

「日本の皇室の紋章にちなんで、菊の花の模様をあしらいました。この中に『カラー クイーン』リングを10点入れて、ボックスとセットで販売します。以前、ゴヤールとのコラボレーションでリング10点入りのボックスを作ったのですが、売れてしまいました」

限定ジュエリーボックス『ア・クイーンズ・スプリング(女王の春)』。『カラー クイーン』リング10点をセットで購入した人に贈呈される

手の届きやすい入門編のジュエリーがヒット

こうした高級ラインで注目を浴びながら、よりアクセシブルでチャーミングな『レ ミューズ』コレクションも幅広く揃える。最上層のごく限られた人々を顧客とするハイジュエリーメゾンは、新規顧客の継続的な開拓が生き残りに欠かせないのだ。革命や戦争など多くの困難な時期を経験したメレリオは、一族の結束による優れたレジリエンスで4世紀以上を生き抜いてきた。

「これまではご年配の方向きのクラシカルなジュエリーが中心でしたが、今後は新しい顧客層、若い方々にもっと訴えていきたいと考えています。『レ ミューズ』は小さなジュエリーをいくつも買い足して楽しむ、というコンセプトでデザインしましたが、メレリオの入門編として若い世代に人気ですし、親から娘へのギフトといった需要にも応えています」

左:『レ ミューズ』より『ステラ』チェーンブレスレット、リング、チェーンリング。 右:『ステラ』リング

メゾンは変わり、生き続ける

2018年には、由緒あるブランド名「メレリオ ディ メレー」を「メレリオ」へと変更。名前を短くし、より覚えやすくすることを狙った。メレリオはイタリア名であり、パリではメレーというフランス風の名で親しまれたため、メレリオ ディ メレー(メレーと呼ばれしメレリオ)という屋号になったのだが、この歴史的いきさつを顧客に説明するのが煩雑だったという。

「ブランドイメージの刷新という点では、私たちは今、まさに大転換期にあります。1815年から構えているパリの本店も、居心地のよい邸宅のようにリノベーションして雰囲気を大きく変えました。私には仕事を支えてくれる息子が4人いて、ファミリーの次世代として成長しつつあります。常に現代に即して若々しく生まれ変わりながら長く生きる──それが老舗なのです」