昨今、環境問題として「海洋マイクロプラスチック」が注目されている。マイクロプラスチック問題といえば、海洋生物が取り込むことで、生態系にマイクロプラスチックが広がっていくことが懸念されているが、海洋のみならず、大気中にもマイクロプラスチックが存在していることはあまり知られていない。呼吸により、知らず知らずのうちに、人類はマイクロプラスチックを摂取しているのだ。
大気中マイクロプラスチックはどのようにして発生するのか、人体にどのような影響を及ぼすのか──。大河内博氏(早稲田大学創造理工学部環境資源工学科教授)に話を聞いた。(聞き手:関瑶子、ライター&ビデオクリエイター)
──大気中マイクロプラスチックは、人体にどのような影響を及ぼすのですか。
大河内:最近では、動物実験レベルではありますが、徐々に大気中マイクロプラスチックが身体に及ぼす影響がわかってきています。
私たちは、2021年度から2023年度の3年間、環境省の環境研究総合推進費で「大気中マイクロプラスチックの実態解明と健康影響評価(Airborne MicroPlastic and Health Impact;通称、AMΦプロジェクト)」を進めてきました。
AMΦプロジェクトでは、広島大学総合科学部の石原康宏教授の協力で、大気中マイクロプラスチックが呼吸器に及ぼす影響について研究を行いました。
実験では、光劣化させていない繊維状PETと、光を照射して劣化させた繊維状PETを、7日間、経鼻投与しました。すると、後者の劣化させたPETを投与したマウスでは、気道を流れる空気が通りにくくなる、息を吐き出す能力が低下することがわかりました。
これは、気管支喘息と同じ症状です。つまり、光劣化させた繊維状PETの吸引は、喘息を引き起こす、あるいは憎悪させる可能性があるのです。
──なぜ光劣化をさせたPETは呼吸器系に悪影響を及ぼすのでしょうか。
大河内:PETの光分解生成物の一つに、テレフタル酸という物質があります。以前から、テレフタル酸の呼吸器への作用を指摘する報告がありましたが、深くは追及されていませんでした。
石原先生は、テレフタル酸を吸入曝露させたマウスは、されていないマウスと比較して気道抵抗が上がる、つまり、空気が気道を流れにくくなるということを明らかにしました。
さらに石原先生は、光照射をしていないPETと、光照射で劣化させたPETを暗所に置き、時間経過とともにどの程度のテレフタル酸が放出されるのかを計測しました。
すると、一旦光照射で劣化させたPETは、暗所でも長期間にわたってテレフタル酸を放出し続けることがわかったのです。
一度劣化したPETを体内に取り込んでしまうと、体内でも劣化が続き、有害物質が放出され続ける可能性があります。
PET以外のプラスチック、例えば、ポリスチレンも同様の特性を示すことが報告されています。
これまで、プラスチックが健康に及ぼす影響については、多くの研究がなされてきました。先行論文もたくさんあります。でも、それらのほとんどは、劣化していないプラスチックを用いた検証でした。
今回の研究で、劣化させたプラスチックは、新品のそれとは異なる挙動を体内で示す可能性が示唆されました。それが、健康にどのような影響を与えるのかは、今後の研究で明らかになっていくでしょう。
──呼吸器以外では、どのような健康被害が考えられますか。