対内直接投資100兆円に求められる視点

 なお、政府の対日直接投資推進会議では、進捗をチェックするために「対日M&Aや協業の成功事例の普及」が挙げられている。そこでは「対日M&Aや外国企業との協業事例における経営改善・改革に関する効果を分析した結果に関し、HPやセミナー開催を通じてその普及に努める」との方針が掲げられるにとどまっている。

 とはいえ、「成功事例の普及」を評価すると言っても現実的にはセミナーの実施回数くらいしか尺度はなく、この取り組みを通じて外資系企業が日本へ関心を持つ事例がどの程度出てきているのかは本稿執筆時点では判断しかねる。

 買い手から見た場合、クロスボーダーM&Aは成功すれば大幅な時間的・金銭的節約が可能になる妙手である。同時に、それに付いて回る経営統合絡みの各種障壁や買収企業選定にかかる時間的・金銭的コストが大きいのも事実だ。

 国全体で同質性を好む日本でクロスボーダーM&Aは根本的に馴染まないという諦観もある中、どういった政策対応で側面支援するのか。「グリーンフィールド投資に依存しない対内直接投資戦略」は100兆円目標達成に求められる視点である。

※寄稿はあくまで個人的見解であり、所属組織とは無関係です。また、2024年8月20日時点の分析です

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唐鎌大輔(からかま・だいすけ)
みずほ銀行 チーフマーケット・エコノミスト
2004年慶応義塾大学卒業後、日本貿易振興機構(JETRO)入構。日本経済研究センターを経て欧州委員会経済金融総局(ベルギー)に出向し、「EU経済見通し」の作成やユーロ導入10周年記念論文の執筆などに携わった。2008年10月から、みずほコーポレート銀行(現・みずほ銀行)で為替市場を中心とする経済・金融分析を担当。著書に『欧州リスク―日本化・円化・日銀化』(2014年、東洋経済新報社)、『ECB 欧州中央銀行:組織、戦略から銀行監督まで』(2017年、東洋経済新報社)、『「強い円」はどこへ行ったのか』(2022年、日経BP 日本経済新聞出版)。