太平洋上での海上自衛隊の訓練(令和6年度、海自のサイトより)

 戦略3文書*1が令和4(2022)年12月に発出された趣意は、国際情勢がかつてないほど緊迫し、日本の周辺情勢も穏やかでない中で、防衛庁・自衛隊だけでなく他省庁、地方自治体、企業等のあらゆる資源を活用して国家を守り抜く必要があると気付いたことである。

 当たり前で何を今さらと思うだろうが、これまで政治は無作為で国民は無関心、官庁は縄張り争い、自治体も企業も非協力で、防衛省・自衛隊だけが四苦八苦しながらもがいていたと言うのが実態であった。

 日本の安全に最大の責任を持つべき最高指揮官の内閣総理大臣がまず無関心、防衛の直接的な責任者である歴代の防衛庁長官(現防衛大臣)も自衛隊が活動できる体・態勢(法的整備、装備・訓練の充実)作りに注力してきたとは思えない。

 ざっくり言って、政治は日本の安全のため自衛隊を機能させるのではなく、法的にいかに行動を縛るかに目を向けてきた。

 戦略3文書(以下3文書)が画期的と称されるのは、外国軍隊の直接的な侵略に対してばかりでなく偽情報を含む認知戦などにも対処する現実的方針を打ち出したということに尽きる。

 今後は政治が先頭に立って3文書の充実(令和9年度までに安全保障体制の概成)を図らなければならない。

*1=戦略3文書とは「国家安全保障戦略」「国家防衛戦略」「防衛力整備計画」をいう。

戦略3文書の核心

 3文書の核心は「総合的な防衛体制の強化」で、今まで防衛省・自衛隊だけが国防に責任があるかのように思われてきたことから、政府横断、官民協力で日本の安全を確保するという方向転換である。

 縦割り行政や地域・企業エゴがあっては日本の安全保障を全うできないという認識が芽生えてきたのだ。

 今日の戦いは兵器のぶつかり合いというだけでなく、平時から宇宙・サイバー・電磁波(通常ウサデンと呼称)で自衛隊の指揮通信能力や政府・自治体・企業等の通信網などに障害を起こすハイブリッド戦を展開し、本格的な戦争に至らないグレーゾーン事態を現出させ、また偽情報などで政府の意思決定を混乱させる認知戦を展開するなど複雑である。

 国民に対しても混乱させて戦意を削ぎ、あわよくば戦わずして勝利を得ようとするなど巧妙になっている。

 政府がモタモタすることは相手の思う壺である。専守防衛を掲げる日本は、先に戦争を仕掛けたと言い募られ、国際社会に喧伝されることを最も恐れている。

 政府は自衛隊の行動の根拠となる意思決定(事態認定)に躊躇するかもしれない。台湾有事を想定したシミュレーション2では実際そうした行動が見られた。

 自衛隊の移動には時間がかかるし、陣地構築にはそれ以上の日数(数週間から数か月間)を要する。

 政府の意思決定が遅れ、自衛隊が移動も準備も十分できない間に、自衛隊の指揮系統や政府・自治体・企業等の活動が相当の打撃を受け負けてしまうかもしれない。

 現実の国際情勢に目覚めた政府(政治)がようやく拒否的抑止力(戦争抑止のための武力の誇示)の必要性に気付き、令和5年度からの10年間を一応の目処とし、当初の5年間に43兆円を投入して「総合的防衛体制の強化」を図ることにした。

 拒否的抑止力の目玉がスタンドオフミサイルなどの「反撃能力」構築であることは言うまでもない。

 自衛隊の充実はいうまでもないが、省庁間、自治体、企業の積極的協力によって総合的な防衛体制の強化を図るとしている。

 中でも大切なことは、有事を想定した平時における共同の訓練であり、阻害事項の改善である。

*2=一般社団法人「日本戦略研究フォーラム」主催の「新戦略3文書と台湾海峡有事ー2027年に向けた課題ー」で、防衛に関心のある政治家、政府高官OB(元防衛事務次官など)、自衛官OB(元各幕僚長など)、米政府高官OB、台湾国防安全研究院などが参加して、令和5年7月に実施したシミュレーション