所信表明演説をする石破茂首相(10月4日、写真:つのだよしお/アフロ)

 米国の有力シンクタンク「ハドソン研究所」は2024年9月27日、同日自民党総裁選挙に勝利した石破氏の「日本の外交政策の将来」と題する論文をネット上で公開した。

 同論文は、ハドソン研究所のホームページで英語版と日本語版が公表されている。

 論文は、①アジア版北大西洋条約機構(NATO)の創設、②国家安全保障基本法の制定、③米英同盟なみに日米同盟を強化する、の3項目で構成されている。

 同論文の中で石破氏は、アジア版NATOの創設する理由として、アジアにNATOのような集団的自衛体制(ママ)が存在せず、相互防衛の義務がないため戦争が勃発しやすい状態にある、と述べている。

 また、中国とロシアと北朝鮮の「核連合」に対して、米国の当該地域への拡大抑止は機能しなくなっており、それを補うのはアジア版NATOであり、アジア版NATOにおいても米国の核シェアや核の持ち込みも具体的に検討せねばならない、と述べている。

 論文の要旨は後述する。

 筆者は、石破氏の主張に驚いた。なぜなら、これまでにも幾度かアジア版NATO創設が話題となり、賛成派と反対派の間で議論がなされてきた。その結論は、「このテーマは我が国の安全保障の基軸である日米安保の在り方に係るので、米国の賛同なしにこのテーマは持ち出してはならない」というコンセンサスができていると筆者は思っていた。

 筆者の個人的な意見を言えば、集団的自衛権の行使ができない日本が相互防衛義務を前提とするアジア版NATO創設の旗を振るのは無責任である。

 まず、憲法を改正して集団的自衛権の行使を認めてから、旗を振るべきである。

 集団的自衛権の行使を容認した閣議決定(2014年7月1日)には「我が国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生し、これにより我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある場合」と条件が付いている。

 しかし、我が国の存立を脅かさない場合でも、同盟国を助けなければならないのが相互防衛義務である。

 幸いにも、石破氏はジョー・バイデン米大統領と就任後初めて電話会談においてアジア版NATO創設や地位協定改定については言及しなかったという。

 石破氏のアジア版NATOを創設するという考えに対する多くの反応が今、メディアを賑わせている。

 日本のメディアで取り上げたのは総理就任後であるが、米国の反応は同論文の公表より早かった。

 ダニエル・クリテンブリンク国務次官補(東アジア・太平洋担当)は9月17日、シンクタンクの講演で「集団安全保障やそのための正式機関について話すのは時期尚早だ」と断じた。

 なぜ、クリテンブリンク国務次官補が、論文が公表される前の9月17日に、コメントを出したのか。

 それは、石破氏は2024年9月10日に記者会見し、総裁選挙で掲げる政策を発表していたからである。

 その記者会見で、アジア地域の新たな多国間安全保障体制「アジア版NATO」を構築するとともに、日米同盟を対等なものにするため日米地位協定の改定に向けた検討を始めるとしていた。

 なぜ、この時点でメディア等は騒がなかったのか。

 筆者は選挙向けの発言で、本気ではないと判断したのだろうと見ている。

 ところが、石破氏が10月1日に第102代首相に就任した。自民党総裁候補の発言と、首相の発言とは外交・安全保障政策に与える影響は全く違う。

 新閣僚も驚いたことだろうと推察する。それぞれの反応は次のとおりである。

 岩屋毅新外相は10月2日、就任後初の記者会見で石破茂首相が提唱するアジア版NATO構想に関し「直ちに相互に防衛義務を負うような機構をアジアに設立することは難しい」と説明した。

 中谷元新防衛相は10月2日の就任記者会見で、石破茂首相が唱える「アジア版北大西洋条約機構(NATO)」に関し、現時点で首相から具体的な指示はないと明らかにした。

 新閣僚ではないが、鳩山由紀夫元首相はX(旧ツイッター)上で、「例えば北朝鮮が韓国を攻撃したとする。その場合、日韓がアジア版NATOに入っていたら、自動的に日本は北朝鮮と戦争をすることになる。それは戦争を放棄した憲法9条に違反する」と持論を展開し、石破首相の構想を非難した。

 その他各国の反応は次のとおりである。

 米紙ウォールストリート・ジャーナルは、「日米安保条約改定」や、「アジア版NATO創設」について、「米国政府との緊張が高まる可能性を秘めている」と報じた。

 インドのスブラマニヤム・ジャイシャンカル外相は10月1日、日本の石破茂首相が提唱してきたアジア版NATO創設について、インドはそうした構想を共有していないとの立場を示した。

 中国の中国社会科学院日本研究所の孟明銘氏は、「東アジアの緊張を高め全体の利益にならない」と指摘した。

 ところで今、アジア地域では、QUAD(クアッド)やAUKUS(オーカス)といった新しい多国間安保協力の枠組みが整備されつつある。

 筆者は、AUKUSを中核として、日本など、自由、民主主義、法の支配といった共通の価値観を持った国々が参加する相互防衛義務を有する同盟がアジア版NATOになると見ているが、憲法改正が必要な日本にとってはハードルが高い。

 さて、以下、初めに石破氏がハドソン研究所に寄稿した論文(以下、石破論文という)の概要について述べ、次にアジアにおける集団安全保障枠組みの取り組みについて述べる。

 最後に、過去の論考に見るアジア版NATOの効果と問題点について述べる。