マーク・ルッテNATO事務総長(右)と会談したウクライナのゼレンスキー大統領(2月3日、ウクライナ大統領府のサイトより)
はじめに
2022年2月24日に始まったロシアによるウクライナ侵攻は、2026年2月24日で5年目に突入するが、終結の兆しは依然として見えていない。
米戦略国際問題研究所(CSIS)は2026年1月27日、ロシアがウクライナ侵攻を始めた2022年2月の侵攻開始から2025年末頃までにロシアとウクライナ両軍の死傷者(行方不明者を含む)が推計約180万人に上り、今春には200万人に達する可能性があるとの報告書を発表した。
同報告書によると、ロシア軍の死傷者は約120万人で、うち戦死者は約27万5000~32万5000人であり、ウクライナ軍の死傷者は50万~60万人で、戦死者は10万~14万人と見積もっている。
同報告書は、ベトナム戦争での米軍の戦闘による死者数(約4万7434人)などに言及し、ロシア軍の損失は「第2次大戦以降、戦争でこれほど多くの犠牲者を出した大国は存在しない」と指摘した。
また、同報告書は、ロシアのウラジーミル・プーチン大統領は攻勢をアピールしているが、2024年以降にロシア軍が制圧した面積はウクライナ領の1.5%に満たないと指摘し、「ロシアはごくわずかな戦果のために異常な代償を払っている」と解説している。
ロシアは本当に深刻な兵員不足に直面しているだろうか。それともプーチン氏は強気な姿勢を演じ続けているだけなのか。
海外の複数のメディアや研究所の分析によれば、ロシアは2024年後半以降、戦闘激化で多数の死傷者を伴う前線の歩兵小隊が不足していると指摘されているが、動員・契約兵・外国人補充で補っているようである。
ただし、プーチン氏は国内での反発を招きかねない追加動員を避けるため、国外からの兵力を中心に補充しているとみられる。
ウクライナの当局者の情報分析として2025年7月、CNNは2024年11月に北朝鮮の朝鮮人民軍の兵士約1.1万人が派遣され、追加派兵も検討されていると報じた。
また、韓国の情報機関・国家情報院は、ロシア軍の支援のために派遣され死亡した北朝鮮兵士が2000人超に上ると推定している。
また、ロシアがアフリカの貧困国を狙い、運転手などの出稼ぎと偽って戦闘員を勧誘し戦地に送り込んでいるという報道もある。
また、負傷して杖をついている兵士を前線に送り出したり、重傷を負った兵士を戦闘任務に再配置したりしているという報道がなされている。
軍事思想家カール・フォン・クラウゼヴィッツは、その著書『戦争論』で、「現実の戦争において講和の動機となりうるものが2つある。第1は、勝算の少ないこと、第2は、勝利のために払うべき犠牲の大きすぎることである」と述べている。
ロシアはウクライナの3~4倍の人口を擁している。そのうえ戦果を重視するあまり死傷する兵士に無頓着な風潮があるようだ。
実際、激戦地での戦い方を分析していると、私のような日本や米国の軍事専門家の目には人命軽視にすら映る。
したがって、ロシアでは長期戦で犠牲者が増えても何ら問題にならないのではないかと思えてくる。
一方、EUに接近し西側の兵器や作戦を導入しているウクライナは、長期戦になり犠牲者が増えたら耐えられないのではないかと思える。
しかし、兵士の損耗を厭わないロシアだとしても、健康な自国民を動員できないとなると話は別である。士気の低い出稼ぎ労働者や傷病兵士では、戦場で勝利を導くのは難しい。
さらに、プーチン氏は相変わらず対外的には「強いロシア」を演じ続けているが、国内的には経済制裁による経済的疲労、軍事資源の枯渇により戦争継続の限界が近づいているという見方もある。
今がウクライナ戦争を終結させる和平交渉の好機であるかもしれない。
現在、米国とロシア、ウクライナ3か国による和平交渉・協議がアラブ首長国連邦(UAE)の仲介により進められている。交渉・協議は以前に比べれば大きく進展しているようだ。
しかし、いまだいくつかの分野で大きな見解の相違があるようだ。
その中で、最大かつ困難なものはドンバス地域(ドネツク州とルハーンシク州の全域)の領土問題である。
ロシア軍は、ルハーンシク州のほぼ全域とドネツク州のおよそ8割を支配・実効支配していると主張している。ドネツク州の残りの地域を巡り、前線で激しい戦闘が続いている。
プーチン氏は、ドンバス地域の完全な割譲を迫っているとされる。
一方、ウクライナのウォロディミル・ゼレンスキー大統領は、「領土一体性の侵害につながる妥協はしない」として、ロシアに占領された領土の放棄を否定しているとされる。
和平交渉は続いているものの、ロシアとウクライナの主張が衝突し、解決の糸口は見つからない状況である。
ドンバス地域の領土問題の解決ができるかどうかが、ウクライナ戦争終結のための和平交渉の成否を左右すると筆者はみている。
本稿では、和平交渉・協議の状況とドンバス地域の領土問題の解決策について考えてみたい。領土問題とは、ある地域がどの国家の主権(領域主権)に属するかを、2つ以上の国家間で争う問題である。
以下、初めにこれまでの和平交渉・協議の経緯について述べ、次にゼレンスキー氏が公表した20項目の和平交渉案について述べる。
その後、ドンバス地域での戦闘概要について述べ、続いて領土問題と国際法について述べ、最後に領土問題解決策についての私見を述べる。