モスクワでプーチン大統領と和平交渉に臨む米国のウィトコフ特使(12月2日、右はトランプ大統領の娘婿クシュナー氏、写真:代表撮影/ロイター/アフロ)

はじめに

目次

 2025年8月15日、米アラスカ州アンカレジで開催された米国とロシアの首脳会談後、ウクライナ戦争における和平合意への勢いは失われていた。

 10月12日、米国のドナルド・トランプ大統領は、ウクライナによるロシアへの長距離攻撃を可能とする巡航ミサイル「トマホーク」を供与する可能性を示唆した。

 対ロ圧力を強め、停滞する和平協議を進める狙いがあるとみられる。

 同時期にトランプ氏は、国家安全保障チームに対し、ガザでの戦争を終結させたように、ウクライナ戦争を終わらせる計画を取りまとめるよう指示した。

 これを受けて、イスラエルとイスラム組織ハマスの間で停戦合意に重要な仲介役を務めたスティーブ・ウィトコフ中東担当特使とトランプ氏の娘婿であるジャレッド・クシュナー氏は、4年間の戦争に終止符を打つ28項目からなる枠組み案の作成に着手した。

 さて、2025年10月26日、米ブルームバーグ通信は、2件の米ロ高官の通話記録を報道した。

 一つは、米国のスティーブ・ウィトコフ中東担当特使とロシアのユーリ・ウシャコフ大統領補佐官(外交担当)との10月14日の電話会談の通話記録である。

 ウィトコフ氏は、米ロ首脳電話会談の開催を求めたウシャコフ氏に対し、同17日にウクライナのウォロディミル・ゼレンスキー大統領がホワイトハウスを訪れる予定なので、それに先立って電話会談を実施すべきだと提案した。

 ロシア側がトランプ大統領に取り入るための対応方法を助言していることを示すものであった。これにより、ウィトコフ氏の「ロシア寄り」の姿勢が浮き彫りになった。

 トランプ米大統領はウィトコフ氏を擁護しているが、与党共和党議員からも解任を求める声が出ている。

 もう一つは、ロシアのキリル・ドミトリエフ大統領特別代表とウシャコフ大統領補佐官との10月末の通話記録である。

 通話記録は、ドミトリエフ氏がウシャコフ氏に対し、ロシアが起草した和平草案を非公式に米国に提供し、米国側が作成した案として扱わせることを画策していたことを示すものであった。

 その後、米国は11月20日に、28項目の和平案をウクライナに提示した。

 極めてロシア寄りの内容だったが、ロシア政府は「米国から公式に和平案を受け取っておらず、具体的な議論もされていない」と説明した。

 ところで、米国が作成した28項目の和平案は、11月23日の米国とウクライナがスイスで行った高官協議で19項目の和平案に修正された。

 12月2日、モスクワで行われたロシアのウラジミール・プーチン大統領とウィトコフ氏の協議では米国が示した19項目の和平案をロシア側が受け入れなかった。

 12月5日、米国のウィトコフ中東担当特使とウクライナのルステム・ウメロフ国家安全保障国防会議書記が米フロリダ州で会談した。

 米側の発表によると、双方は和平合意の進展はロシアの対応次第との認識を共有したとされる。

 以下、初めに流出した通話記録の内容とその影響について述べ、次に、誰が盗聴し、どのような理由でメディアに流出したのかについて述べる。

 次に、政府高官の電話会話の傍受手段について述べ、最後に米ロ高官の通話記録の流出事案から得られる教訓について述べる。