流出した通話記録の内容とその影響
本項は、BBC「ウィトコフ米特使がロシア高官に助言か 音声記録流出、トランプ氏は擁護」(2025年11月27日)を参考にしている。
(1)米国のウィトコフ中東担当特使とロシアのウシャコフ大統領補佐官の通話記録
ア.通話記録に係わる報道の内容
ブルームバーグが入手し、書き起こして記事にした通話記録では、ウィトコフ氏がプーチン氏の外交政策顧問であるウシャコフ氏に、トランプ氏の機嫌を取る方法を助言しているようにみえる。
流出した通話は10月14日にあったとされ、書き起こしによると、ウィトコフ氏とウシャコフ氏は戦争終結について話し合った。
この中でウシャコフ氏は、トランプ氏とロシアのプーチン大統領が話すことは有益かと尋ねている。
これに対しウィトコフ氏は、「私の側はそれをする準備ができている」と述べ、その後、電話会談の進め方を提案したとされる。
「ただ繰り返し、(トランプ)大統領の成果を祝福して(中略)彼が平和を望む人物であることを尊重して、それが起きたことを本当にうれしく思っていると伝えてほしい」、「そうすれば本当に良い電話会談になると思う」と、ウィトコフ氏は述べたとされる。
また、「私は大統領に、あなたが、そしてロシア連邦が常に和平合意を望んできたことを伝えた。それが私の信念だ」、「問題は、譲歩に苦労している2つの国(筆者注:ロシアとウクライナ)があるということだ」とウィトコフ氏は付け加えている。
ウィトコフ氏はさらに、「ちょうどガザでやったように、私たちが20項目の和平提案をまとめることさえ私は考えている」と述べている。
通話は、ウィトコフ氏がウシャコフ氏に、ウクライナのゼレンスキー大統領のホワイトハウス訪問(筆者注:10月17日)が差し迫っていることを伝え、「可能であれば」その首脳会談の前に、トランプ氏とプーチン氏が話すべきだと述べて終わった。
イ.通話記録流出に関する関係者の反応
(ア)トランプ大統領
トランプ大統領は11月27日、大統領専用機の中で記者団に対し、「非常に標準的な交渉の形態」だと述べ、ウィトコフ氏を擁護した。
トランプ氏は、流出した音声は聞いていないとしたうえで、ウィトコフ氏はロシアとウクライナ双方に和平案を「売り込む」ために「ディールメーカーがすること」をしていると述べた。
(イ)ウシャコフ氏
通話の流出について尋ねられた際、ウシャコフ氏はロシア国営メディアに対し、流出は「おそらく妨害が目的」であり、関係改善のために行われた可能性は「低い」と述べた。
ウ.通話記録流出の影響
この通話(10月14日)から少し後の10月16日、米国とロシアの両大統領の間で2時間半にわたる電話会談が行われた。このニュースは、ウクライナのゼレンスキー大統領が米首都ワシントンに向かう途中で明らかになった。
トランプ氏はこの電話会談の前には、プーチン氏に対する忍耐を失いつつあったとみられ、ウクライナに長距離巡航ミサイル「トマホーク」を供与する可能性を示唆していた。
しかし、ゼレンスキー氏がホワイトハウスを訪問した時点では、その雰囲気は変わっていたように見えた。
トランプ氏は、ウクライナにトマホークを供与すれば紛争が激化する可能性があると述べ、プーチン氏が「戦争を終わらせたい」と信じていると語った。
また、2025年10月18日付け朝日新聞は次のように報じている。
トランプ氏は17日のゼレンスキー氏との会談の冒頭、自らが解決したと主張する8つの戦争に触れ、ウクライナ侵攻は私にとって9つ目だ、と語り出した。続いて、前日のプーチン氏との電話協議に言及し、こう述べた。
「プーチン大統領は、(トランプ氏が解決したと主張する)8つの戦争を挙げて、すごいと言ってくれた。特に中東を解決できたのには驚いた、信じられない、と。彼は非常に心が広かった」
エ.筆者コメント
ウィトコフ氏がウシャコフ氏へ助言したトランプ氏への電話作戦がものの見事に成功した。
トランプ氏はプーチン氏と電話会談すると必ず政策の大きな方向転換をする。
トランプ氏は10月12日、ウクライナに長距離巡航ミサイル「トマホーク」を送ることを検討していると述べた。
イスラエルへ向かう大統領専用機「エアフォース・ワン」内で、ウクライナにトマホークを供与するかと質問されたトランプ氏は、「様子を見る(中略)そうするかもしれない」と述べた。
一方で、このミサイルはウクライナにとってロシアとの戦争での「新たな攻撃の一歩」になるとも話した。
この発言は、週末に行われたトランプ氏とゼレンスキー大統領との電話会談を受けたものであった。ゼレンスキー大統領は、ロシアへの反攻を開始するため、より強力な軍事支援を求めていた。
ところが、10月16日、トランプ氏はプーチンと電話会談をすると、慎重な姿勢に転じた。
10月17日に行われたウクライナのゼレンスキー大統領との会談では、トマホークは「非常に危険な兵器で、戦争の大幅なエスカレーションにつながる可能性がある」と述べて、供与に消極的な考えを示した。
トランプ氏の予測不可能で一貫性がない言動に世界は振り回され続けている。
(2)ロシアのウシャコフ大統領補佐官とドミトリエフ大統領特別代表との通話記録
ア.通話に係わる報道の内容
ブルームバーグ通信は11月25日、ロシアのウシャコフ大統領補佐官とキリル・ドミトリエフ大統領特別代表との間で、10月29日にあったとされる通話も文字起こしして報じている。
ドミトリエフ氏は、28項目の草案が浮上する数週間前の10月下旬に、ウィトコフ氏と米マイアミで数日間を過ごしていた。
文字起こしによると、ドミトリエフ氏はウシャコフ氏に、「我々の立場からこの文書を作るだけだ。そして私が非公式に渡す。すべてが非公式であることを明確にしながら。そして、向こうには自分たちのやり方でやらせる」と述べている。
イ.関連報道
10月25日付けCNNは、次の様に報じた。
「ロシアの経済特使を務めるドミトリエフ氏が、公式協議に臨むため米国入りしたことが分かった。事情に詳しい複数の情報筋が24日、CNNに独占的に明らかにした」
「ホワイトハウス当局者はCNNに対し、米国の対ロシア交渉の窓口を務めるウィトコフ中東担当特使が25日、マイアミでドミトリエフ氏と会う見込みだと明かした」
「今回の訪米について知る情報筋によると、共和党のアンナ・パウリナ・ルナ下院議員もドミトリエフ氏と面会する見通しだという」
「ルナ氏は今月、ドミトリエフ氏と会談する予定をSNSで明らかにした際、米国が引き続きロシアとの『関係や平和と貿易を巡る対話を促進する』ことが重要だと述べ、『米ロ両国が敵対する必要はない。貿易面の協力はあらゆる関係者に利益をもたらす』との認識を示していた」
ウ.通話流出に関する関係者の反応
ドミトリエフ氏はこの件に怒りを示し、「潤沢な資金と組織力を持つ悪意あるメディアの仕組みが、偽の物語を広め、対立者を中傷し、人々を混乱させるために構築されている」と不満を述べた。
エ.通話流出の影響
米国は、28項目からなる和平案を11月20日、ウクライナに提示し、米国の感謝祭にあたる11月27日までに受け入れるようウクライナに求めた。
この和平案は、ウクライナが東部ドンバス地方を放棄し、軍の規模を大幅に縮小することなどウクライナに事実上の降伏を求める内容など極端にロシアに寄りだと評価されていたが、今回の通話記録の流出により、ロシア側が作成した文書を基に、米側の「ロシアびいき」であるウィトコフ氏が中心となって作成したことが明らかになった。
12月1日の欧州首脳の電話会議では、ロシアとの和平案の協議を担当する米国のウィトコフ中東担当特使とトランプ米大統領の娘婿クシュナー氏に対する警戒や不信感が示されたという。
そして、フランスのエマニュエル・マクロン大統領から「米国が安全の保証を明確にしないまま、領土問題についてウクライナを裏切る可能性がある」との発言が飛び出した。
オ.筆者コメント
現在、ウクライナ和平案を巡って、トランプ政権内でマルコ・ルビオ国務長官とウィトコフ特使の間で路線対立があるとされる。
ウィトコフ特使がトランプ大統領の意向を強く受けているのに対し、ルビオ国務長官はウクライナの領土保全を重視する伝統的な外交・安全保障政策に近い立場をとっている。
トランプ大統領はウィトコフ特使を擁護しているために、ルビオ国務長官がトランプ大統領の怒りを買わずに、どこまでロシアに対する強硬姿勢を取ることができるかを筆者は注目している。