連合本部を出る中道改革連合の野田共同代表(中央)=9日午前、東京都千代田区(写真:共同通信社)
目次

(尾中 香尚里:ジャーナリスト、元毎日新聞編集委員)

敗因は「民主党政権のやり直し」を目指したこと

「高市旋風」なるものが吹き荒れるなか、立憲民主党と公明党が中心となって結党した新党「中道改革連合」は、49議席という惨敗を喫した。野党第1党の議席としては戦後最小だ。

 政治理念や基本政策の近い政治勢力が合流し、地方での一定の組織力も持つ野党第1党の誕生は、政界全体を大きく見れば望ましい構図だと考えるが、準備期間の極端な短さもあり、同党は初戦で大きくつまずいてしまった。

 敗因は新党の結党自体にあるのではない。野党第1党だった立憲民主党側の、新党結成に至るまでの政権奪取戦略のまずさにあったと考える。

「野党結集」にこだわり過ぎたこと、有り体に言えば「民主党政権のやり直し」を目指したことだ。

 政権の選択肢として野党の先頭に立つべき立場にありながら、立憲は「他の野党との連携」を意識するあまり、自らの目指す社会像を十分に打ち出せず、単独で政権を奪いに行く気概にも欠けた。

 その結果「政治理念の近い勢力の合流」を目指したはずの中道改革連合の結成も、有権者には「弱い政党同士による選挙目当ての野合」と受け取られ、弱い立憲支持層や無党派層の離反を招いたと思う。

 立憲側から見た選挙戦の総括のうち、今回はこの「野党結集」について述べてみたい。