立憲コア支持層が抱いていた野田執行部への不満
思えばその始まりは、野田佳彦代表が誕生した2024年9月の代表選にさかのぼる。
代表選は民主党政権で首相を務め、無所属会派から合流した野田氏、旧立憲を立ち上げた枝野幸男氏、国民民主党から合流した泉健太氏、立憲から初当選した吉田晴美氏の4人で争われ、野田、枝野両氏による決選投票の末、野田氏が選ばれた。
2024年の立憲民主党代表選に立候補した4氏(写真:アフロ)
4人の政治理念や基本政策への違いが少ないなか、決選投票の争点となったのが、この政権奪取戦略だ。
野田氏は当時の与党を過半数割れに追い込むため「野党の議席を最大化するのが現実的な戦略」「それぞれの野党と誠意ある対話を続けたい」などと述べ、昔懐かしい「非自民勢力の結集」を思わせる考えを強調。立憲を中核とした政権の樹立を訴えた枝野氏を破り、代表に就任した。
立憲の代表選は、石破茂氏が総裁に選出された自民党代表選と同時期に行われたため、珍しくメディアの注目を集めた。
翌10月、首相となった石破氏が、就任早々衆院を解散。メディアへの露出が多かった状態で選挙戦に突入した立憲は、前回(21年)比50議席増の148議席という躍進を果たした。立憲は少数与党に転じた自民党に対する「政権の選択肢」の立場を得た。
だが、この後の政権奪取戦略が遅々として進まなかった。何より国政選挙での候補者発掘が遅れたことが大きかった。
野党第2党の日本維新の会や、連合という同じ支持基盤を持つ国民民主党との連携を意識して、自前の候補者擁立を控えているように見えた。
やがて「自民党に協力する野党が良い野党」と言わんばかりに、メディアが維新や国民民主党など「ゆ党」の動きばかりを追うなかで、立憲は最大野党にもかかわらず埋没し、昨夏の参院選は現有議席維持にとどまるなど、勢いを失速させた。
何度となく指摘してきたが、改革保守系で新自由主義的な日本維新の会の「目指す社会像」は、立憲よりはるかに自民党に近い。国民民主党は玉木雄一郎代表のもと、近親憎悪的に「立憲への逆張り」に走っている。
こうした政党との連携を夢見て自分ばかりが腰をかがめ、党の姿勢をアピールする姿勢が希薄な野田執行部に、コアな立憲支持層の不満は募っていた。